診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

サンドイッチイムノアッセイのデザイン

たくさんつけたいのだ!

こんな質問をよく受ける事があります。
「磁性粒子1個には何モルの抗体が付いているんでしょうか?」

申し訳ないけど、この質問に対して正確に答えることは、できないのです。
こういう質問をするということは、ELISAの反応を抗体の数や抗原の結合速度から何とか理解しようと頑張っているのでしょう。
実際、磁性粒子のカタログには単位面積当たりのカルボキシル基の数が載っていますので、そこに抗体が1:1の割合で結合すると仮定すれば、何らかの数が出てきます。
技術者なら一度は経験する計算問題です。

ところが診断薬に使う磁性粒子には、多少無茶な方法を使ってでも可能な限り沢山の抗体が付くようにしているのです。
1:1という前提が成り立っていない。1:いくつかもわからない。
とにかく沢山つけたいのです。

たくさん

これは何故かというと、もちろん診断薬には高感度も求められるけど、測定レンジの広さも求められることが多い訳で、そのためには磁性粒子に付く抗原のキャパシティを増やしてやりたいのです。
それなら磁性粒子を増やせば良いじゃない、と思われるかもしれませんがそうはいきません。診断薬用の磁性粒子はかなり高い品質が求められますので、それ相応にお値段が高いのです。
だから磁性粒子はできるだけ少なくしてコストを抑えたい。でも量だけ減らすと磁石で引きつけにくくなる。
結局装置の集磁能力との兼ね合いで磁性粒子の量を決めて、必要な測定レンジの広さをカバーできるような大量の抗体を付ける方法が開発されてきたのです。

診断薬の開発というのは、健康保険を財源とする検査の世界で患者さんとお客様と診断薬メーカーがWin-winの関係を築けるようにするのが重要なので、学問的にどうこうという課題は二の次になってしまうのです。

こんな事情もあるので冒頭の質問には、「いっぱい、とにかく、いっぱい」と返しています。
答えになっていなくてごめんね。そんなの僕らにはどうでもいいんだ。

業務用ELISAは速さが命

これまで一般的な実験室で行うELISAの話をしてきました。
今回は業務用のELISA、つまり臨床検査室用のイムノアッセイ専用装置はどう違うのか、を書いておきたいと思います。

とにかく速く正確に測る、というのが大事なんです。
色々な体の不調を抱えた患者さんが治療を求めて病院に押し寄せる、それをいかに速く捌けるか、という現代医療の課題に対しての一つの答えです。

昔は、96穴マイクロプレート用のELISA操作を自動化しただけの装置もありましたけど、今はほとんどチューブをターンテーブルで運んで、固相には磁性粒子を使う方式です。
その方が効率が良いんですよ。マイクロプレートみたいに1枚96テスト分同じ測定項目しか測れないより、色んな項目を並列で測れた方が個人個人の患者さんの検査結果を速く出せます。


反応効率


それにマイクロプレートに抗体を物理吸着する方式だと、液面付近の抗原とウェルの底にある抗体が離れているから、接触する確率(つまり結合速度)が小さい。
それより抗体を粒子に結合させて検体と混ぜてしまった方が接触する確率が高い。磁石を使えばB/F分離も素早くできる。
技術的に効率を追究した結果の選択なんですよ。

他にも、抗原抗体反応や酵素反応を平衡に達する前に切ってしまう。そうすると再現性が悪くなるはずだけど、全自動の専用機による分注精度向上と反応時間精度向上で何とかする。
そんな研究開発の上に成り立っているものなのです。
Confidentialなので詳しくは書けないけど。

この記事を書いている時点では、頑張れば1テスト10分は切れるかな、ぐらいのレベルです。
それ以上は原理から見直さないといけない。
まだまだ研究開発の余地はあります。

ELISAは雑でもいいけどテキパキと

臨床検査用のイムノアッセイ装置を設計するのは大変です。
分注精度のばらつきとか、シーケンスとか。
それに何万回測定してもトラブルが起きないような信頼性も必要です。

もちろん開発時には実験室でマイクロプレートELISAなんかを使って実験している訳です。
道具にもこだわって、ピペットの分注精度、回転撹拌、試薬の分注のタイミングなんかを厳密に制御して。

…なんてことは、実際していないんですよ。意外なほど。

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ELISAあるある。96ウェルのマイクロプレートを使うとミスすることが良くあるんですよ。
ウェルの外に分注しちゃったりとか、シェーカーで撹拌したら溢れちゃったとか、基質分注していて1ウェル飛ばしちゃったから咄嗟に前のウェルにも分注したりとか。
ああ失敗した。今日の実験はダメかもしれない。やり直すの面倒くさいなあ。そんなことを思いながらとりあえずプレートリーダーまで持っていくのです。
誰でも経験があることだと思います。

ところが不思議なことに、そうしたミスをしても意外にもきれいなデータが出てしまうものなのですよ。
この辺がELISAの柔軟性なんでしょうね。だからこそ臨床検査に応用されてきた、という側面もあるのかと思います。

とにかくELISAに慣れた技術者の経験から言えば、ELISAは細かいミスには寛容です。
とにかくテキパキと分注し、ザバッと流しに捨てて、キムタオルにばんばん叩きつけて液を切りましょう。

(周りから「うるさい」と苦情が来ない程度にしておきましょう)

ELISAは誰にでもできる手軽な実験の一つです。どんどん測って研究開発を進めましょう。

化学発光の嘘

「個人の感想です。」

現在ではもう当たり前になってしまった化学発光法ですが、90年代にはブームみたいなものがありまして、
化学発光=高感度
化学発光以外=低感度
みたいな風潮がまかり通っておりました。今でも検出原理の話をすると、発光法は高感度、みたいに言う人が多いです。

でも技術的には、化学発光にもピンからキリまであって、キリのやつは蛍光法のピンに敵わなかったりする訳です。化学発光法のピンのやつは確かに高感度だけど、採用するにはお値段がちょっと高いです。
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あと臨床的にも、本当に高感度が求められる項目は限られています。大事なのは正確に速く検査結果を出すことで、どんな検査項目でも高感度が良い、ということはありません。

じゃあなんで、化学発光法がもてはやされているかというと、実は化学発光法先発の臨床検査薬メーカーによるネガティブキャンペーンの成果なのです。
彼らは自社の商品を売り込むために、化学発光=高感度というイメージ戦略を使っていたのです。
一番やり過ぎだと思うのは、HBs抗原の添付文書。赤枠で囲った【重要な基本的注意】に「検出感度の高いEIA法/化学発光法を使うように、検出感度の低いイムノクロマト法や凝集法は留意するように」なんて書かせたり。

我々の業界では、公的文書や医療系学会のガイドラインを利用して自社製品に有利な、他社製品に不利な記載をさせることは、かなり頻繁に行われています。もちろんそれなりのエビデンスを出しての話ですので、営業力や学術力に優れたメーカーさんは大したものです。

だから安易に「化学発光は高感度だから良い」みたいな言い方しているのを聞くと、メーカーに踊らされてるなぁ、と思ってしまうのですよ。

お勧め基質の選び方

さて、まずは普通のELISA系を作ることを考えましょう。
酵素標識抗体を作った、固相抗体を作った、となればあとは酵素を検出する基質ですね。
比色法、蛍光法、化学発光法など色々ありますが、どう選んだらいいの?という悩み所もあるでしょう。

「もちろん化学発光法で超高感度測定系を開発して、企業からオファー殺到でノーベル賞を狙うんだ」と息巻いている人もいるでしょう。
でもね、そんな美味しい話は転がっていないんですよ。
普通の車にハイオクガソリンを入れても、レーシングマシンにはならないでしょう?

最初に選ぶとすれば、僕らのお勧めは「キットになってる安い基質」。
PODならTMBキット、ALPならBluePhosとかAttoPhosみたいな。

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別に化学発光基質にアンチなわけじゃないですよ。僕らもよく使っています。
でも診断薬メーカーさんが言うほど何倍も感度が出ないことが多いです。化学発光法を使った試薬っていうのは高感度測定用にファインチューニングされているものなのです。そうでもない試薬に化学発光法はオーバースペックで、検体中の夾雑物なんかも超高感度で検出してしまうのでS/Nが稼げないのです。

どうしてもSignalを稼ぎたいのなら、比色法や蛍光法で酵素反応時間を長く取ればいいのです。30分、1時間、オーバーナイトとか。
イムノアッセイ法というのは、コストと手間と時間を掛ければいくらでも高感度にできるんですよ。かの有名な石川榮治先生の「超高感度免疫測定法」で使っていたのも蛍光法で、時間を掛けることも必要だって仰ってましたよね。

我々技術者は、いかにコストを抑えつつ、臨床検査として有用なスピードで正確な検査結果を返すかを考える訳です。
短時間で手間を掛けずに高いシグナルを出すためには、化学発光法は実に有用です。高価だけどそれなりの価値はあります。
だからこそ普通のELISAには手軽な基質をお勧めするし、実際使ってもいるのです。
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バイオ系実験あるある等を気まぐれにつぶやいています。
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