診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

品質管理

感度とは何ぞや?

まずは感度。
これは業界によって色々な定義があります。ああ、ややこしい。

とりあえず、カメラの感度は置いといて。

計測の世界では、感度は分析精度、つまり「目盛りの細かさ」とされています。
小数第何位まで読み取れるか、という事です。

0101_003

一方、医学の世界では「陽性と判定されるべきものを正しく陽性と判定する確率」とされています。
「感度と特異度」の感度ですね。
sensitivity_specificity01

ところが、分析の世界では、「どれだけ少量の測定対象物を検出できるか」という性能のことを言っていたりします。
曖昧さ回避のため、「検出限界」という用語を使う事も多いです。

LoD

それで、診断薬の世界ではどうなのか。
医学の用途で分析科学を使って計測してますけど。

実は「高感度」といってPRしているのは、営業さんなんですよ。
その方が売りやすいんでしょうね。
車のエンジンの「馬力」とか「燃費」と一緒で、別にサーキット走行をする訳でもないのに、それらの数値が高いことで高性能をPRして売るでしょう?
それと同じことです。

私たち技術者は「検出下限」「検出限界」と言うことが多いです。
最近ではCLSI EP17の定義にしたがって、「LoB」「LoD」「LoQ」と言うことが一般的になりつつあります。

みんなCLSI読んで勉強しましょうね、なんて言う気は毛頭ありません。
あれ、文章が下手なんです。だらだら長くて要点が解りづらい。

これですっきり、かと思いきや、
「LoD」の算出方法とか知らずに、単に検出限界の略語だと思って「LoD」と言ってる人、結構います。
もう、どうしたものやら。

「感度・特異性・再現性」

診断薬の性能特性といえば、私なら
「感度・特異性・再現性」
と答えます。そしてだいたい、
「古いよ。今は『感度・正確性・同時再現性』だよ。」
とツッコミ入れられます。もう慣れっこです。

確かに今の申請では、感度試験・正確性試験・同時再現性試験と規定されています。
それはなぜかといえば、昔の診断薬の添付文書では「性能」のところに、
特異性試験に、交差反応性のデータが載ってたり、
再現性試験に、日差再現性のデータが載ってたり、
感度と特異度」のデータが載ってたり、
各社バラバラでしたからね。
品質試験のやり方を統一しようとするのも道理でしょう。

でも、そういったことを承知した上で、曖昧さを含んだ
「感度・特異性・再現性」の、どの性能も大事だと思うのですよ。

つまり薬事上の品質管理項目としては、
「特異性」の中で「正確性」だけ、
「再現性」の中で「同時再現性」だけ
規格を満たせば出荷判定はできますが、
例え毎ロット試験しなくても、交差反応性や特異度、日差再現性といった要因も、開発する上では同じように大事だと思っています。

この話は実は根が深くって、試薬の外部仕様書を書くときに
「感度って何?定義は?」
「特異性とはトレーサビリティーの事か?」
「同時再現性はもっと低く書くべきではないか?」
なんて議論によくなります。
こんな会議は泥沼に陥ります。みんな考えていることがバラバラで、思い付く限りの知識を披露しようと必死になるから、全然意見がまとまらないんです。

このブログでは私が考えている診断薬の特性について、これから書いていきたいと思います。
もちろん賛否両論あるかと思いますが、書くことで曖昧さが少しでも整理され、解消する方向に向かえば幸いです。

サーベイ結果に一喜一憂

3.サーベイ試料

サーベイ試料をどうやって作っているかは秘密にされていますが、ヒトから採血された未加工の検体でないことは容易に推測できます。
だって何百何千という施設に低・中・高の同じ試料を配付するのですから、試料は元々数リットル必要なはずです。そのために低・中・高の患者さんを見つけてリットル単位の採血をする訳はないでしょう。それは「アカギ」の世界です。
だから実際には一旦プール血清を作り、それに抗原を添加して意図的に高値試料を作っていると考えられるのです。抗原はリコンビナント技術で作れますから。

もうおわかりですね。精度管理用物質と同じです。
各試薬が使用している抗体の性質によって、測定値が高くなったり、低くなったりするのです。
技術的には当然起こりえることなのです。

でもサーベイの結果は、MRさんの運命の分岐点なんですよ。
例えばこんな結果になったとしましょう。

サーベイ
そうすると、仁義なき診断薬業界ではこうなるのです。

D社MRさん:「これ200枚コピーして!お客さんに配るよ。うちは真ん中だって。」
B社MRさん:「まあまあかな。積極的にアピールできる内容でもないか。静観しよう。」
F社MRさん:「うちの試薬なんかおかしい!対策話法作らなきゃ。開発何とかしてよ!」

何とかしろと言われましても、薬事上のトレーサビリティーは遵守しなきゃいけない立て前になっておりますので、開発としては何ともしがたいのです。

そんな訳で毎回「サーベイやるよ!」という話が来ると、開発者は「また面倒なことにならないといいなー」と憂鬱な気分になるのです。
それこそ疑心暗鬼で、サーベイ試料は某有力メーカーが作っており、自社試薬に有利になるような抗原を選んで作っているとかいう噂まであります。本当か?

現状はこんな状態ですので、サーベイ試料をゴールデンスタンダードみたいに考えるのはやめてくださいね。
ゴールデンスタンダードが作れないのが今の技術の限界なのです。

リコンビナント抗原の功罪

前回は精製抗原と天然抗原のズレの話をしましたが、実際には開発者は精製抗原を測る機会が多くあります。
特に遺伝子組み換え技術を用いて人工的に複製されたタンパク質、我々はリコンビナント抗原と言ったりしますが、食品でもない体外診断用医薬品用途には非常に多く使われております。

もちろんこうして作られた抗原は、フォールディングが同じとは限らないので立体構造が違ったり、糖鎖付加が全然違ったりと、天然抗原とは免疫学的に「似て非なるもの」です。
ですので前回お話ししたような「ズレ」は必ず起こります。
一種の「交差反応」と言えるでしょう。

反応性の比

にもかかわらず、リコンビナント抗原は重宝されています。

だって天然抗原にこだわって、疾患を持たれている患者さまの血液をかき集めて販売する訳にはいかないでしょう。
それよりは安定供給が可能で倫理的にも問題がない、リコンビナント抗原の方が診断薬原料として優れているからです。

以下のような試薬の主原料として使われています。

1. キャリブレーター
検量線を描くためのキャリブレーターにリコンビナント抗原がよく使われます。ただし、
検体が正しい値に測定されるように、表示値を少しずらしたりして調節しています。
ですので必ず、使用する試薬で指定されているキャリブレーターを使用してください。他社のものを流用すると、測定値が思わぬ方向にズレて、診断に影響を及ぼす恐れがあります。

2.コントロール(精度管理用物質)
本来ならプール血清を使って、毎日同じ値を示すことを確認するのが理想です。一昔前にはそうしていました。
簡便のため、キャリブレーターと同様の方法で作った代用品をコントロール物質として販売していることがあります。
コントロールの添付文書には、各社キットで測定したときの基準範囲が掲載されていますが、同じ物質を測るのにメーカー差があるのにお気付きでしょうか?
これは標準化が進んでいないから、という理由だけではなく、精製抗原を添加して作られたコントロールは天然抗原と微妙に異なる反応性を示してしまうためなのです。
つまり各社キットが採用している抗体の交差反応性の違いを反映しているのです。
そのことを踏まえて、日常の精度管理に役立てて頂けますと嬉しく思います。

3.サーベイ試料
これが我々技術者の頭痛の種なんです。胃も痛いです。
(次回に続きます。)
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