診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

抗体の加工

抗体の酵素標識(2)酵素へ抗体を結合

マレイミド基を導入したALPができました。
次に抗体を結合させます。

抗体は以前紹介した、抗体の低分子標識 2.SH基を使う方法の③まで実施しておきます。還元して定量するまでですね。
ALPに抗体Fab'を、モル比でだいたい1:5になるように添加します。
ALP-mal-Fab

ここでポイントですが、ALPにマレイミド基が3~4個導入されますので、それより少し多いFab'を入れるようにします。
Fab'をわざと余らせるようにするのです。
これはマレイミド基を確実にブロックするためです。
こうして一晩静置し、十分に反応させた後、ゲルろ過カラムに掛けます。
Chromatogram
右側のピークは余ったFab'です。これが含まれたままだとイムノアッセイ系に邪魔をしてしまいますので、確実に除去します。
ALP単独のピーク(つまり抗体が結合しなかったALP)が見える事もありますが、これは無視して構いません。B/F分離で洗い流されるだけで害はありません。
つまり左側の、ALPが結合したフラクションを全て回収すればOKです。
ALP-Fab
これでFab'-ALPが完成。
イメージとしては、大きい酵素に小さい抗体をくっつけるようなものです。

ところで酵素標識抗体っていうと、こういう形をイメージしていませんでしたか?
私たちも仕事がら、こんな絵をよく描きます。
標識3
実はこれは、見てきたような嘘。
試薬をお使い頂くお客様(臨床検査技師の皆様)に測定原理を説明するときに、イメージしやすいように、抗体と酵素をただくっつけただけの絵を使っているのです。
本当はこんな形していないのです。
概念図ってそういうものなのです。

抗体の低分子標識 1.アミノ基を使う方法

それでは抗体に標識する方法を説明していきます。
低分子量の蛍光物質や、ビオチンなんかをよく付けます。
イムノアッセイでは検出できるものをくっつける時に「標識する」と言いますので、ビオチンを付けてそれを固相抗体に利用する場合には、「標識する」と言いません。
まあ、そんな固い事言わなくてもいいじゃない、と思いますけど。

まずは一番ポピュラーな、抗体のアミノ基に標識する方法。

タンパク質のアミノ酸配列には普通、リジンがいくつも入っています。
それらが親水性が高くてタンパク質表面にアミノ基が出た形になっていますので、タンパク質の表面にはアミノ基がたくさんある訳です。

で、僕らは普通、蛍光色素やビオチンを直接アミノ基に付けたりはしていません。
NHS基の付いた蛍光色素や、
NHS基の付いたビオチンを買ってきて、抗体と混ぜているのです。
NHSとは「N-Hydroxysuccinimide」の略で、アミンと置き換わってアミド結合を作る官能基です。
NHS基が付いた「標識試薬」がたくさん売られています。

手順としてはだいたい以下の通りです。
① 抗体を定量して、モル数を計算する。
F(ab')2なら吸光度を測定し、1.48で割ってmg/mL濃度を計算して、分子量100,000で割って体積を掛けます。
② 標識試薬を溶かす
だいたい有機溶媒に溶かします。どんな溶媒に溶けるかは事前に確認しておきましょう。
③ 抗体に標識試薬を添加
抗体のモル数の10倍くらいになるように計算して標識試薬を入れ、良く混合します。
④ 脱塩
抗体に結合しなかった、余分な標識試薬を脱塩カラム(PD-10など)を使って除去します。

標識1

これで完成。抗体は加工するときにはmg単位で扱いますが、イムノアッセイや組織染色ではμgやngの単位で扱いますので、数千倍に希釈して使うのが普通です。

アミノ基に標識する方法は、一長一短があります。
長所は、簡便で、抗体だけでなくどんなタンパク質にも適用できるところ。
短所は、アミノ基にランダムに結合する所。アミノ基はタンパク質にいくつもあり、どこに付くかは確率の問題です。
抗原認識部位(CDR)のアミノ基が標識されてしまって抗体の特異性に影響する可能性があります。

このような性質のため、特異性が大事なイムノアッセイに使うよりは、量が大事な組織染色やウエスタンブロットのような用途でよく用いられる標識方法です。

抗体のペプシン消化 2.解説編

それでは次に解説編です。
抗体をペプシンで消化する、という実験でつまづいている人も多いはず。

そもそもなぜペプシンで消化するの?
診断薬では多くの場合、Fc部位は邪魔だからです。補体活性も使いません。
  • 血清中にリウマチ因子を含む患者さんは沢山います。リウマチ因子の多くは抗体のFc部位に対する抗体です。
    この部位を除く事で、特異性の高い(リウマチ因子の影響を受けない)試薬ができます。
  • Fc部位は疎水性が強く、凝集の原因になります。Fcを除去したF(ab')2は安定である事が多く、安定的に利用できます。
  • パパインで消化する事もできますが、フラグメントはFabになります。S-S結合を還元してSH基を利用する加工方法に持って行けなくなります。
どんなクローンでもペプシン消化できますか?
ペプシン消化は、元々は抗血清からポリクローナル抗体を高純度に精製する技術なのです。
そもそもの目的が違うのです。(参考文献
抗体がF(ab')2より小さな断片にならないのに対し、コンタミはペプシンで低分子量に切られてしまうため、精製度の低い抗血清からF(ab')2だけを、ゲルろ過カラムだけで効率よく精製できたのです。

  • 消化条件を事前に検討する必要があります。できないクローンもあります。電気泳動などで小スケールで検討できますよ。
  • 一般的にIgG1は過消化がおきにくい、IgG2aは切れすぎないように時間を至適化がある、IgG2bは過消化しすぎてF(ab')2は得られないと言われています。
    これらは大体が合っていますが、例外も経験しています。
    だから事前に小スケールで条件検討しておくのが大事です。
この辺の技術は1970年代には既に知られていたようです。
モノクローナル抗体技術が一般的になるだいぶ前。(参考文献

ペプシン消化が上手くいかないのですが…
こういう問い合わせを最近良く受けるようになりました。
  • 大体が切れすぎを恐れ、高めのpHで消化してみて、上手く切れないからと消化時間をだらだら伸ばしている事が多いです。
    至適pHを外せば、どんなクローンも切れません。
  • ちなみに「どういう条件で消化したの?」と聞くと、「某社のキットを使いました」という返答が多いです。
    あれダメなやつ。手抜きは禁物です。
いずれにせよウェット技術者の腕の見せ所なのですよ。

抗体のペプシン消化 1.実技編

抗体のFc部位を利用した特殊な感作技術もありますが、Confidentialなのでここでは書かない事にします。
診断薬用の抗体は、多くの場合ペプシンで消化して、Fc部位を除去したF(ab')2にプロセスします。
今回はその具体的な方法を紹介します。

Pepsin

1. 消化用の緩衝液を用意
酸性の緩衝液を用意します。
同人化学研究所のプロトコルによれば、pH4.5の酢酸緩衝液、
別の文献によれば、pH3.5のクエン酸緩衝液、と様々ですが、
実は抗体のクローンによって至適条件が違います。

2. 抗体を消化用緩衝液に置換
抗体を酸性の緩衝液に置換します。
これには色々な方法があり、どれでもOKです。
透析、脱塩カラム(PD-10みたいな)、限外濾過、など。
最終的に抗体濃度を1mg/mLぐらいにします。

3. ペプシンを溶解
ペプシンを数mg秤量し、酸性の緩衝液で1mg/mLぐらいになるように溶解します。
ペプシンは必ず、消化するpHの緩衝液で溶解してください。中性にするとペプシンは不可逆的に壊れるからです。
なお、ペプシンは自己消化を起こしますので、この作業は消化の直前に行います。

4. 消化
抗体にペプシンを添加して、37℃で保温します。
添加量は抗体量の1/10~1/100ぐらい。
時間は30分~1晩ぐらい。
これも抗体のクローンによって至適条件が異なります。

5. 消化の終了
pHを中性~弱アルカリ性にすれば消化は止まります。
ペプシンはpH6以上で不活性化するといわれていますので、Trisなどの塩基を加えてpH7以上にします。

5. ゲルろ過
SephacrylやSuperdexのような、抗体分画に適したゲルろ過カラムに通し、100kDa付近に出てくるF(ab')2の分画を回収します。それより低分子量の分画には、Fc断片や血清・腹水由来のコンタミがありますので、ここで分離・除去します。
この時、クロマト用のバッファーは20mM位のリン酸緩衝液(pH7.0、脱気済み)が一般的です。プロセスの邪魔になるような余計な添加物は入れない方が良いと思います。
「はじめての抗体精製ハンドブック」で勉強しておきましょう。
AKTAとか使うと簡単です。

これでF(ab')2の精製は完了です。
実はこの中に色々ノウハウがありますので、次回に続きます。

抗体の精製 2.アフィニティクロマトグラフィー

今回は②のアフィニティ精製を説明します。
Protein AとかGで精製する方法ですね。
Protein Aに関わる裏話とかが、生化夜話にあるので勉強しましょう。

IMG_0624

実験室レベルでは、以下のように実施します。
1.シリンジでProtein Aカラムとかに腹水を流します。
  これで抗体が吸着します。
2.洗浄バッファーでコンタミを洗い流します。
3.酸性の溶出バッファーで抗体を洗い流します。
 溶出液の回収容器にTrisとか入れておいて中和するようにします。
これだけ。塩析透析イオン交換するよりずっと簡単です。

さて、診断薬に使う抗体の場合は、この後クロマトをするステップがあるので、この段階で若干コンタミが残っても気にしない事が多いです。
治療薬の場合には、コンタミがそのまま注射されるとどんな副作用が出るか分からないので、この段階でコンタミを徹底的に除去するように設計しなくちゃいけないそうです。
大変ですけど、診断薬と治療薬では、抗体を使う目的が違うので、注意するポイントも違うんですよ。

Protein Aカラム(担体)も昔は品質が安定しなくて、担体からProtein Aが外れてコンタミになったりしたそうです。今の製品は改良されていて大丈夫だと思いますが。

あと使い捨てできるほど安価じゃない。じゃあ何回ぐらいリサイクルして使えるのか、品質管理が難しい。
そういうわけで実験レベルでは良く使うけど、スケールアップや工程設計に苦労する一面もあります。


それから、Protein AはマウスIgG1に対する結合力が弱いと言われている件、僕らの印象ではクローンごとに結合する・結合しにくいの違いがあります。

だからマウスIgG1でもProtein Aで精製する場合もあるし、Protein Gに変える事もある。

抗体っていうのは、クローンが違ったら全く別の性質のタンパクと考えた方がいいほど個性が強いものなんですよ。
だから事前の条件検討がすごく大事なんです。
ウェットの実験者の腕の見せ所なんです。
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