診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

よもやま話

とある開発室でのお話

どこのメーカーさんでも、きっとこんな話題が出たことでしょう。
この話はフィクションで、個人の見解です。
そういう事にしておいてください。

「企画のMさんが、インフルエンザみたいな簡易キット作れないかって言ってるよ。」
「またですか。例の新型のあれでしょ?」
「そう。前にもあったよね?」
「Sさんが『とにかくすぐ現地に行け』と言われた時。
 それで実際行ったら、渡航制限が出て『帰ってくるな』って。鬼ですか。」
「今回は国内でも検体持ってそうな施設に心当たりあるよ。」
「そういう問題じゃなくて、原理的にイムノアッセイ法よりPCR法の方が開発は早いです。」
「なんで同じようにできないの?」
「イムノアッセイ法に必要な抗体は生物由来原料で、免疫して何週間か掛かる。それでも良い抗体ができるかどうかは運任せ。
 その点PCR法に必要なのはプライマーで、合成技術が確立されているので、配列さえわかれば人工的にすぐに作れます。」
「実際(イムノアッセイ法の)簡易キットなら何日ぐらい掛かるの?」
「抗体さえあれば●日で作れるけど、その抗体開発が問題なんです。」
「抗体を短時間で取得できる技術ってないの?」
「あるけど、まだ実用化には至っていないし、どちらかというと試薬にした後が大変なんです。」
「承認申請のこと?」
「それもあるけど技術的な話。取得した抗体の善し悪しが判るのは、試薬を作って検体をたくさん測った後。あくまで臨床と合う検査結果が出せる抗体かどうかを見極めるのが重要で、開発の本当に大事な部分は臨床評価なんです。」
「先に抗体の善し悪しを評価する技術はないの?」
「あるのならその方法で試薬作ってます。手抜きは絶対だめ。偽陽性とか偽陰性とか出たら大問題です。」
「それじゃあやっぱりPCRの方がいいの?」
「一長一短ありますね。PCRは遺伝子がなければ増幅しないという仮定が成り立つからウイルス感染症検査には有利、でも今のところ時間や処理能力が課題。
 イムノアッセイは抗体が確実に反応するかを確かめないといけないから、開発に時間と手間が掛かる。でも色んな分野の診断に応用できるし、一度開発してしまえば速く測定できて安価。」
「せっかく簡易キットができても、その頃には終息してるって事になるのかな。」
「それに、部材も不足。マスクでさえ品薄になっているのに、簡易キット用の部品なんて特殊なものは簡単には増産してくれない。マスクを作った方が役に立つかも。」
「インフルエンザの簡易キットをちょっと作り変えるだけで良いんじゃないの?」
「簡易キットは免疫比濁法やELISAに比べるとコストが高くて、インフルエンザぐらい毎年たくさん出せるものじゃないと赤字。インフルエンザも需要予測外すと在庫過多になる。診断薬には有効期限を付けないといけないから、廃棄が山ほど出てしまうんですよ。」
「そういえば新型のせいでインフルエンザが減ってきたらしいよ。」
「何それ。今年は当たり年だって計画してませんでした?」


まだこんな課題が未解決 ⑧昔ながらのB/F分離用洗浄液

ELISAのようなヘテロジニアスイムノアッセイでは、B/F分離が必要になります。
反応に関係しない血清成分や、過剰量の標識抗体を洗い流すためのものです。
しかしこの洗浄液の成分、昔からTBS-Tか、それに近い成分のものを使っていて、全然進化していないのです。

緩衝液が中性付近のものである、これは至って合理的なことです。リン酸(PB)でもTris(TB)でも大差ありません。
血液のpHが中性付近だから、あえて変える必要はないでしょう。

-Tの部分、界面活性剤のTween 20ですね。
抗原抗体反応を妨害しない界面活性剤と昔から言われています。
実際のところ、これ効果あるんでしょうか?
血清成分を洗い流すために洗剤として界面活性剤を入れています、という立前になっていますが、Tweenがなくても結構アッセイできますよ。
家庭向けの洗濯用洗剤なんか、ものすごく開発されているのに、ELISAの洗剤は昔のまま。
もうちょっと開発の余地があるのではないかといつも思います。

それより問題なのは、Sですよ。Saline。生理食塩水。
診断薬なんだから、点滴薬や注射薬みたいに浸透圧合わせる必要なんてないのに。
イオン強度を検体と同じに保った方が、抗原抗体反応に影響が少なくて安全だろうという思い込みだけで添加されているものです。

用手法のELISAキットでは、洗浄液だけは大量に付いてくるでしょう。
あれはプレートウォッシャーに掛けるために、デッドボリューム分を見越して多めにしています。
10倍濃縮液で提供しているのは、塩濃度を上げて浸透圧で菌が繁殖しないようにしているため。
防腐剤を入れるより塩を入れた方が安上がりというのも確かです。

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でもプレートウォッシャーに塩が析出してガビガビになるし、長期間使っていると金属部品が錆びてきます。
装置メーカーさんが対策に苦労していますよ。塩害です。
錆びるからって安易に消耗品扱いにしてしまうと、部品代と交換費用をお客様が負担することになってしまいます。
装置を使うのは手間を省くためですので、いちいち水で洗ってくださいというのは本末転倒です。
さらに洗浄液が飛び散って、隣の装置まで巻き添えで錆びる。もう踏んだり蹴ったりです。

錆


このように色々と問題を抱えている洗浄液ですが、私たち診断薬の技術者からすると、痛恨の極みとしか言いようがないというのが正直なところです。
組成を変えて、もし万一どれかの測定項目で問題が出たらと思うと、今さら変えられない。せめて開発の初期ならできたのに。
でも開発の初期には、とにかくデータを出すのが最優先で、洗浄液の組成なんか頭にない。
開発の機会をすっかり逃してしまっているのです。

一番たくさん使う洗浄液が意外にも検討不足。
どなたか組成検討にチャレンジしてみませんか?
きっと効果がイマイチはっきりしないデータが出て、結局TBS-Tのままで良くない?という事になるでしょう。

誰ですか最初にTBS-T使ったって論文のマテメソに書いた人。
しょっぱい試薬が世界中に広まってしまいましたよ。

まだこんな課題が未解決 ⑦原料を安定供給してくれない

工場が困るやつ。
原料が納期通りに入ってこない、廃番になった、原料を作るための原料が欠品している、などなど。
取引先とどんな契約をしても、どれだけ監査しても、
自社がISO13845取っていても、取引先がISO9001取っていても、GMP省令に適合していようとも、
ありとあらゆる事情で、例外無しに必ず起こります。

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バイオ系の原料では、実に良くある話です。特に海外メーカー。
大本は小規模の事業者が作っていて、ブローカーがラベルとCertificateを付けているパターンとか。
さらにブローカーがM&Aされちゃったり、そんなの日常茶飯事です。

品質管理をしっかりしている大手の会社でも、欠品は起こします。
「新規ロットが出荷基準を満たしませんでしたので、供給を停止しています」
ある日突然、そのように言われます。

私たちの見解では、今のところ原料の安定供給は夢物語です。
診断薬には供給責任があるから、欠品させるわけにはいかないのですが、それらを作るための原料については欠品のリスクがあるのです。
禅問答のようですが、これが現実。

なので、技術的にどう対応するかというと、様々な原料について代替品を試しておいて、「いざという時に切り替えるリスト」みたいなものを作っておくのです。
本当に替えがきかない原料というのは、承認申請の「反応系に関与する成分」ぐらいなものです。
そういったものだけ自社できちんと管理して、あとはリスクを回避できるのに十分な余裕を持たせる。これが技術屋の仕事です。
そのような設計をすることで、品質特性の抽出がずいぶん楽にできます。

原料の安定供給は、私たちにとって究極の課題です。
まさかイムノクロマト用のメンブレンが販売中止になるとは、思ってもいませんでしたね。

まだこんな課題が未解決 ⑥イムノアッセイに適した抗体の取得方法がわかっていない

私たちがイムノアッセイ試薬を開発するのに、まず必要なのが抗体です。
だいたいどこの会社にも、抗体を取る職人さんがいて、自社で開発しているのではないでしょうか。
もちろんその方法はトップシークレットです。
実際のところ、イムノアッセイ用試薬に適した抗体というのをどうやって作れば良いのか、実は解っていない、というのが現状かと思います。
何年掛かっても良い抗体が取れないということがザラにあります。

イムノアッセイ試薬に適した抗体とはどういうものか?
私の考えでは、検体中にある天然(Nativeな)抗原を良く捕らえる捕捉用抗体と、その捕捉用抗体と立体障害を起こさない、特異性の高い検出用抗体の組み合わせ。

ウエスタンブロット用の抗体なら簡単です。
リコンビナント抗原を変性させるなりペプチド合成するなりして作った抗原を免疫して、できた抗体をウエスタンかプレートでスクリーニングする。普通の抗体作成です。
でもそうしてできた抗体は、Nativeな抗原とは結合しなかったりして、イムノアッセイ用にはイマイチな事が殆どです。
各社いろんな工夫をしているとは思いますが、Nativeな抗原を認識する抗体をどうやって取るか、その方法論は確立されていないと思います。
だから、とにかくたくさん免疫して、数打ちゃ当たるとばかりにスクリーニングしまくる。
何万回もやって、1つか2つ当てたら大成功です。宝探しです。

抗体を外注で作成すると、大体上手くいかないです。
もう、最初の段階で話がかみ合わないことが殆どです。
「うちではこのような方法で抗体を作成しています」
パワポの説明資料が、最初から方法論ありき。
「スクリーニングはどのようにしていますか?」
「ELISAでやっています。」

見解の相違

いや、そのELISAは立体構造が崩れた抗原を認識する抗体を拾っちゃう原理ですから、と心の中で突っ込みながら、
それでも結局、数打ちゃ当たるのは変わらないので、その条件に持って行けるのなら話を進めましょう、という事になります。
(それで結局、上手くいったかどうかは内緒。)

困ったことに、学者さんとも話が合わないんですよ。
すぐKd(解離定数)が高い抗体とは何ぞや、とか語り出してしまうので。
Biacoreとか関係ないんです。数値が高いのが良い抗体じゃありません。
私たちはイムノアッセイ用の、Nativeな抗原を特異性高く捕らえる抗体が欲しいんです。

まだこんな課題が未解決 ⑤採血管メーカーとの連携ができていない

前回、検体の保存の仕方がよくわからないという話をしましたが、血液が患者さんの体を離れてから、診断薬と混ざるまでの工程については臨床検査室の裁量で行われるものです。(本当は検査結果を報告するまで、なんですけど。)
具体的には、採血して、凝固させて、血餅を除去した血清を取り出し、装置にセットするという一連の作業です。
この中で使う器具についても、私たちは基本的に関与できないのです。

たとえば真空採血管。多くの医療機関で使用していると思います。
診断薬メーカーが、どこのメーカーのどの型番の採血管を使用して下さい、と指定してはいないでしょう。

診断薬メーカーが次々と試薬を開発しているのと同じで、採血管メーカーさんも様々な仕様の採血管を開発して、どんどん新製品を出していっているのです。
あるメーカーのある型番の採血管を使って採血された血液が、たまたまある試薬と相性が悪く、測定値が異常になるというリスクは常に抱えています。

「そんなのメーカー同士で連携して、ちゃんと保証してよ。」
そう思うでしょう。
できないんですよ。

だって診断薬メーカーって、小規模のメーカーまで含めると、びっくりするほど沢山あるんですよ。
採血管メーカーさんだって、全てのメーカーに適合できるような製品を開発するのは不可能でしょう。
診断薬メーカーだって、自分たちの知らないところで頻繁にモデルチェンジを繰り返している、あらゆる採血管で検証するのは不可能だ、と考えているのが正直なところです。

実際、診断薬メーカーが採血管メーカーと連携して適合を確認している、という事はほとんどありません。
大手の診断薬メーカーさんでも、そういった話は聞いたことがありません。
決してメーカー同士の仲が悪い訳じゃないんです。現状では仕方ないんです。

だいぶ前の話になりますが、再現性不良のクレームが寄せられたことがありまして、装置メーカーさんに聞いてみたら、最近検体詰まりが多発するというクレームが同時に寄せられていたとのこと。
それでその施設に聞きに行ったら、その頃盛んに開発競争が行われていた、高速凝固型の採血管に変更したとのこと。
検体を見せてもらったら、モヤモヤとした固まりが浮いている検体がちらほら。遅延フィブリンって奴ですね。
それで前に使っていた採血管に戻してくれませんかってお願いしたら、「廃番になったから新しいのに換えた」だって。
どうすりゃ良いの?

最近は以前ほどクレームがなくなったので、何らか改善されたのでしょう。
でも私たちにとって、高速凝固剤の中にトロンビン以外のどんな成分が入っているのか、すごく気がかりです。
絶対教えてくれないでしょうね。

この連携できていない問題、今後も改善される見込みは全くありません。
くわばらくわばら、と唱えるばかりです。
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技術者TH

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バイオ系実験あるある等を気まぐれにつぶやいています。
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