診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

試薬を作ろう

保存安定性試験

必ずやらなくてはいけないのが、保存安定性試験です。
診断薬には有効期間(使用期限)を付けなくてはいけないので、その期間(製造後12ヶ月とか、18ヶ月とか)を保証するために、実際に保存した試薬で品質管理項目を満足する事をデータで証明する事になっています。

品質管理項目というのは、感度・正確性・同時再現性になりますので、大体次のような表を書いて申請する事になります。

保存安定性

昔はアレニウスプロットを使って加速試験をしていましたが、これは化学反応に適用されるもの。
タンパク質である抗体や酵素の評価に適用する妥当性が証明できないので、最近ではあまり実施しなくなりました。

ですので、試験としては試薬をたくさん仕込んでおいて、定期的に測定する、というだけです。
だいたいは12ヶ月ぐらいのデータで申請しておいて、その後データが取れ次第、18ヶ月とか24ヶ月に有効期間を延長する一部変更申請をすることが多いです。

とはいえ実際の開発では、12ヶ月も待つなんて流暢なことはやっていられません。
大抵は試薬の開発と並行、または次の試薬を開発しながら、という事になります。
試薬の組成を改良するたびに新しく保存安定性試験を仕込み直していると、きりがありません。ですので申請上の「反応系に関与する成分」以外の変更では、旧組成のままデータ取りを継続するのが普通かと思います。

その他にも色々、気苦労が絶えない試験でもあります。
・試薬の置き場所がわからなくなる(誰だよ勝手に動かしたやつ)
・装置が壊れる
・測定日にたまたま出張が入って、そのまま忘れる

ちなみに抗体はとても丈夫で、防腐剤さえ入っていれば1年や2年平気で保ちます。
試薬の安定性が悪い場合、それは酵素や基質の劣化、コンタミ(精製不十分)が原因の事が多いです。

干渉物質の影響度試験

学会や論文などで、試薬の評価として良く実施されている
「干渉物質の影響度試験」
この試験では何を調べているのでしょうか?

文字通り、干渉物質を入れてデータが変化しないか見てるんでしょ?
と思われるかもしれませんが、ちょっと原点に帰って考えてみましょう。

溶血は赤、ビリルビンは黄色。色がついていますね。
乳びは白。光の散乱のために白く見えているのですね。

干渉物質の影響度試験、元々は生化学自動分析機用の試験だったのです。
検体と試薬を混ぜて、酵素反応で発色させて吸光度を調べる。
その時に色のついたサンプルでは、吸光度測定に支障がある訳です。
またラテックス凝集法で濁度を調べる場合には、乳びが散乱光測定の邪魔をしてしまう訳です。
これらの物質が測定値にどれだけ影響するかを調べるために、干渉物質の影響度試験ができたのです。

ではイムノアッセイ法ではどうでしょうか。
そもそもB/F分離で洗浄しているので、原理的に検体の色は関係ないはず。
仮に色がついていたとしても、現在主流の化学発光法なら色は関係ないはず。

なのに、この試験は現在でも行われているのですよ。
ちょっとおかしいのではないかと思っています。
正直、イムノアッセイ法では、干渉物質の影響度試験を実施しても、あまり意味がないと私は考えています。

経験談になりますが、私が開発した試薬の評価をする時に、とある高名な先生が干渉チェックAプラスを買ってきて、こう仰いました。
「これがあるとねー、スライドが1枚作れるんだよー。」
大変申し訳ありませんが、あなたの事は尊敬していません。

とある学会でこんな事がありました。
「インスリン測定試薬において、干渉チェックを用いて試験したところ、影響は認められませんでした。」
という発表に対して、
「赤血球膜にはインスリン分解酵素があるので、実際の溶血検体を使わないと正しく評価できないのではないですか?」
と、たしなめられた座長の先生、あなたの仰るとおりだと思います。

添加回収試験 その2

「極めて有用」と考えている添加回収試験ですが、「万能とはいえない」という一面もあります。
添加回収試験ができない測定項目っていうのが、意外と多いのです。

・血清中で不安定なもの
 代表的なのがBNP。血中半減期が短い事が知られています。
 緊急検査としてはとても有用なのですが、開発するの大変だったことでしょう。

・血清タンパク質と結合してしまうもの
 遊離サイロキシン(Free T4)や遊離トリヨードサイロニン(Free T3)がこれに当たります。大部分のT4やT3は血清タンパク質と結合していて、結合していないT4やT3を測定するのがこれらの項目ですから、最初から添加回収試験の対象外です。一方で総サイロキシン(Total T4), 総トリヨードサイロニン(Total T3)は添加回収試験の対象になります。
 PSAもそうです。以前書いた通りα2マクログロブリンに捕まってしまいますので、添加回収試験をすると必ず低値に出る傾向があります。

・自己抗体が存在するもの
 インスリンの自己抗体は有名ですね。RIA法の発明に繋がった偉大な業績です。
 その他にもTSHなどのホルモンにも、気付いていないだけで実は自己抗体を持っている患者さんがたくさんいるそうです。

・立体構造が変化するもの
 ウイルス抗原で、必ず低値になる測定項目があります。
 腫瘍マーカーのような糖鎖抗原も、構造が変化しやすいと言われています。
 (出典が曖昧ですみません。)

このように添加回収試験は基本的な試験でありながら、世の中にあるイムノアッセイ法を使った測定項目では適用できない事が多々あります。
たまに「使えない試験」とおっしゃる方もいるのが残念な話です。
診断薬というのは臨床状態を良く反映する事が大事ですので、必ずしも測定法としての正しさが保証されているとは限らないのです。要は患者さんの治療方針を立てる手助けになるようなデータが出るのであれば、他の事は二の次でも構わない、ということです。

添加回収試験 その1

次に添加回収試験です。
英語ではSpike and recovery testというらしいです。
色々な分野で行われている、基本的な試験です。

臨床検査の世界では、溶媒の干渉(マトリックス効果)の有無を調べるために昔から使われています
具体的には、例えば相関性試験で乖離した検体に、
1. 一番濃い濃度のキャリブレータを1/10ぐらい加える。
2. 測定して、回収量(測定値ー元の値)を調べる。
3. 回収量をキャリブレータの1/10で割って、回収率(%)で表す。
という具合に試験します。

添加回収1

回収率は100±20%ぐらいの誤差を見込んでおきましょう。
元の値にも添加後の値にも、誤差はあります。
そう考えれば、正確性試験の√2倍ぐらいの誤差が妥当でしょう。
元の値が0に近く、添加量が元の値を無視できるぐらい多ければ(図A)そのような心配は不要ですが、大抵の場合は「測定値がおかしい」と感じて添加回収試験をするので、元の値の誤差は無視できないぐらいあるものなのです(図B)。

何回測っても回収率が80%以下なら、血清中に干渉物質があって抗原が正しく測れていないのだろう、と考えます。
また逆に何回測っても回収率が120%以上なら、血清中に促進物質があって測定値が多めに測られているのだろう、と考えます。

他にも色々考えられる事はあるのですが、大体はこれで見当がつきます。
添加回収試験はばらつきが大きいため、測定法の良し悪しを調べる評価試験には向いていませんが、血清溶媒の影響を調べるのに特化した試験としては極めて有用です。

回収率200%近く出た経験もあります。
この時は「きっと添加した抗原が元々凝集していて、血清に添加したらバラバラになって結合できる抗原のモル数が増えたのだろう」と考察しました。
また回収率が30%になった時には、「きっと血清の中に自己抗体があって、抗原を吸収してしまい、サンドイッチ結合が妨害されたのだろう」と考察しました。
何かの参考になれば幸いです。

直線性試験(希釈試験)その2

直線性試験の続きです。
正しく測れていれば、グラフはまっすぐになる筈ですが、

直線性a

曲がっている場合はどんな場合でしょうか?
これには2パターンあります。

直線性b

まずは上向きの弧を描いている場合。良くあるケースです。
・血清干渉を受けている
・検量線が曲がりすぎている
 (検体と標準物質の挙動が合っていない)
・反応時間が足りない
・標識の濃度が足りない
・酵素反応量が追いついていない
等々。たくさんの原因が考えられます。

色んな濃度の検体で試験してみて、
・特定の検体で起こる
 → 検体固有の血清干渉(反応を抑制する物質がある)
・どんな濃度の検体でも起こる
 → 試薬組成の問題(血清干渉を防ぎ切れていない)
・高濃度でだけ起こる
 → 何らかの試薬成分が飽和(Saturation)を起こしている
と考えていきます。

直線性c

次に下向きの弧を描く場合。このケースはそんなに多くないです。
・血清干渉を受けている
・検量線が伸びすぎている
 (検体と標準物質の挙動が合っていない)

抗原抗体反応を促進させる物質が検体に含まれている、などの原因が考えられます。

このように、直線性試験(希釈試験)は簡単にできる試験にもかかわらず、問題の解決に向けた色々な手がかりを与えてくれます。
データがおかしいなと感じたら、真っ先に実施する試験としてお勧めです。
プロフィール

技術者TH

Twitter プロフィール
バイオ系実験あるある等を気まぐれにつぶやいています。
楽天市場