診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2020年02月

とある開発室でのお話

どこのメーカーさんでも、きっとこんな話題が出たことでしょう。
この話はフィクションで、個人の見解です。
そういう事にしておいてください。

「企画のMさんが、インフルエンザみたいな簡易キット作れないかって言ってるよ。」
「またですか。例の新型のあれでしょ?」
「そう。前にもあったよね?」
「Sさんが『とにかくすぐ現地に行け』と言われた時。
 それで実際行ったら、渡航制限が出て『帰ってくるな』って。鬼ですか。」
「今回は国内でも検体持ってそうな施設に心当たりあるよ。」
「そういう問題じゃなくて、原理的にイムノアッセイ法よりPCR法の方が開発は早いです。」
「なんで同じようにできないの?」
「イムノアッセイ法に必要な抗体は生物由来原料で、免疫して何週間か掛かる。それでも良い抗体ができるかどうかは運任せ。
 その点PCR法に必要なのはプライマーで、合成技術が確立されているので、配列さえわかれば人工的にすぐに作れます。」
「実際(イムノアッセイ法の)簡易キットなら何日ぐらい掛かるの?」
「抗体さえあれば●日で作れるけど、その抗体開発が問題なんです。」
「抗体を短時間で取得できる技術ってないの?」
「あるけど、まだ実用化には至っていないし、どちらかというと試薬にした後が大変なんです。」
「承認申請のこと?」
「それもあるけど技術的な話。取得した抗体の善し悪しが判るのは、試薬を作って検体をたくさん測った後。あくまで臨床と合う検査結果が出せる抗体かどうかを見極めるのが重要で、開発の本当に大事な部分は臨床評価なんです。」
「先に抗体の善し悪しを評価する技術はないの?」
「あるのならその方法で試薬作ってます。手抜きは絶対だめ。偽陽性とか偽陰性とか出たら大問題です。」
「それじゃあやっぱりPCRの方がいいの?」
「一長一短ありますね。PCRは遺伝子がなければ増幅しないという仮定が成り立つからウイルス感染症検査には有利、でも今のところ時間や処理能力が課題。
 イムノアッセイは抗体が確実に反応するかを確かめないといけないから、開発に時間と手間が掛かる。でも色んな分野の診断に応用できるし、一度開発してしまえば速く測定できて安価。」
「せっかく簡易キットができても、その頃には終息してるって事になるのかな。」
「それに、部材も不足。マスクでさえ品薄になっているのに、簡易キット用の部品なんて特殊なものは簡単には増産してくれない。マスクを作った方が役に立つかも。」
「インフルエンザの簡易キットをちょっと作り変えるだけで良いんじゃないの?」
「簡易キットは免疫比濁法やELISAに比べるとコストが高くて、インフルエンザぐらい毎年たくさん出せるものじゃないと赤字。インフルエンザも需要予測外すと在庫過多になる。診断薬には有効期限を付けないといけないから、廃棄が山ほど出てしまうんですよ。」
「そういえば新型のせいでインフルエンザが減ってきたらしいよ。」
「何それ。今年は当たり年だって計画してませんでした?」


まだこんな課題が未解決 ⑧昔ながらのB/F分離用洗浄液

ELISAのようなヘテロジニアスイムノアッセイでは、B/F分離が必要になります。
反応に関係しない血清成分や、過剰量の標識抗体を洗い流すためのものです。
しかしこの洗浄液の成分、昔からTBS-Tか、それに近い成分のものを使っていて、全然進化していないのです。

緩衝液が中性付近のものである、これは至って合理的なことです。リン酸(PB)でもTris(TB)でも大差ありません。
血液のpHが中性付近だから、あえて変える必要はないでしょう。

-Tの部分、界面活性剤のTween 20ですね。
抗原抗体反応を妨害しない界面活性剤と昔から言われています。
実際のところ、これ効果あるんでしょうか?
血清成分を洗い流すために洗剤として界面活性剤を入れています、という立前になっていますが、Tweenがなくても結構アッセイできますよ。
家庭向けの洗濯用洗剤なんか、ものすごく開発されているのに、ELISAの洗剤は昔のまま。
もうちょっと開発の余地があるのではないかといつも思います。

それより問題なのは、Sですよ。Saline。生理食塩水。
診断薬なんだから、点滴薬や注射薬みたいに浸透圧合わせる必要なんてないのに。
イオン強度を検体と同じに保った方が、抗原抗体反応に影響が少なくて安全だろうという思い込みだけで添加されているものです。

用手法のELISAキットでは、洗浄液だけは大量に付いてくるでしょう。
あれはプレートウォッシャーに掛けるために、デッドボリューム分を見越して多めにしています。
10倍濃縮液で提供しているのは、塩濃度を上げて浸透圧で菌が繁殖しないようにしているため。
防腐剤を入れるより塩を入れた方が安上がりというのも確かです。

DSC_3289

でもプレートウォッシャーに塩が析出してガビガビになるし、長期間使っていると金属部品が錆びてきます。
装置メーカーさんが対策に苦労していますよ。塩害です。
錆びるからって安易に消耗品扱いにしてしまうと、部品代と交換費用をお客様が負担することになってしまいます。
装置を使うのは手間を省くためですので、いちいち水で洗ってくださいというのは本末転倒です。
さらに洗浄液が飛び散って、隣の装置まで巻き添えで錆びる。もう踏んだり蹴ったりです。

錆


このように色々と問題を抱えている洗浄液ですが、私たち診断薬の技術者からすると、痛恨の極みとしか言いようがないというのが正直なところです。
組成を変えて、もし万一どれかの測定項目で問題が出たらと思うと、今さら変えられない。せめて開発の初期ならできたのに。
でも開発の初期には、とにかくデータを出すのが最優先で、洗浄液の組成なんか頭にない。
開発の機会をすっかり逃してしまっているのです。

一番たくさん使う洗浄液が意外にも検討不足。
どなたか組成検討にチャレンジしてみませんか?
きっと効果がイマイチはっきりしないデータが出て、結局TBS-Tのままで良くない?という事になるでしょう。

誰ですか最初にTBS-T使ったって論文のマテメソに書いた人。
しょっぱい試薬が世界中に広まってしまいましたよ。
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