診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2019年11月

まだこんな課題が未解決 ⑤採血管メーカーとの連携ができていない

前回、検体の保存の仕方がよくわからないという話をしましたが、血液が患者さんの体を離れてから、診断薬と混ざるまでの工程については臨床検査室の裁量で行われるものです。(本当は検査結果を報告するまで、なんですけど。)
具体的には、採血して、凝固させて、血餅を除去した血清を取り出し、装置にセットするという一連の作業です。
この中で使う器具についても、私たちは基本的に関与できないのです。

たとえば真空採血管。多くの医療機関で使用していると思います。
診断薬メーカーが、どこのメーカーのどの型番の採血管を使用して下さい、と指定してはいないでしょう。

診断薬メーカーが次々と試薬を開発しているのと同じで、採血管メーカーさんも様々な仕様の採血管を開発して、どんどん新製品を出していっているのです。
あるメーカーのある型番の採血管を使って採血された血液が、たまたまある試薬と相性が悪く、測定値が異常になるというリスクは常に抱えています。

「そんなのメーカー同士で連携して、ちゃんと保証してよ。」
そう思うでしょう。
できないんですよ。

だって診断薬メーカーって、小規模のメーカーまで含めると、びっくりするほど沢山あるんですよ。
採血管メーカーさんだって、全てのメーカーに適合できるような製品を開発するのは不可能でしょう。
診断薬メーカーだって、自分たちの知らないところで頻繁にモデルチェンジを繰り返している、あらゆる採血管で検証するのは不可能だ、と考えているのが正直なところです。

実際、診断薬メーカーが採血管メーカーと連携して適合を確認している、という事はほとんどありません。
大手の診断薬メーカーさんでも、そういった話は聞いたことがありません。
決してメーカー同士の仲が悪い訳じゃないんです。現状では仕方ないんです。

だいぶ前の話になりますが、再現性不良のクレームが寄せられたことがありまして、装置メーカーさんに聞いてみたら、最近検体詰まりが多発するというクレームが同時に寄せられていたとのこと。
それでその施設に聞きに行ったら、その頃盛んに開発競争が行われていた、高速凝固型の採血管に変更したとのこと。
検体を見せてもらったら、モヤモヤとした固まりが浮いている検体がちらほら。遅延フィブリンって奴ですね。
それで前に使っていた採血管に戻してくれませんかってお願いしたら、「廃番になったから新しいのに換えた」だって。
どうすりゃ良いの?

最近は以前ほどクレームがなくなったので、何らか改善されたのでしょう。
でも私たちにとって、高速凝固剤の中にトロンビン以外のどんな成分が入っているのか、すごく気がかりです。
絶対教えてくれないでしょうね。

この連携できていない問題、今後も改善される見込みは全くありません。
くわばらくわばら、と唱えるばかりです。

まだこんな課題が未解決 ④検体の適切な保存条件

よく聞かれるんです。お客様から。
「添付文書には採血後速やかに測定して下さいと書いてありますが、検体を保存する場合にはどうすれば良いでしょうか?」

実はこの質問に対する適切な回答を、私たちは持ち合わせていないのです。



皆さんご存じの通り、血清検体とは本来、全血を静置して血餅と分離した上清のこと。
だから採血後数時間経過しているのは想定していますが、「速やかに」とか「新鮮な」血清というのはどの程度の時間経過や保存温度を想定しているのかと聞かれると、わからない、と言わざるを得ないのです。

本当はどうかと聞かれると、水分さえ飛ばなければ-20℃で数年凍結保存しても測定できると思いますよ。

私たち技術者がどうしているかというと、開発の初期には様々な手段で検体を集めてきます。
共同研究先から保管検体の提供を受けるとか、売血制度がある海外から検体を購入するとかです。
ほとんどが凍結されていたり、採血後数週間経っていたりするものです。
そのような検体で十分測定できる試薬ができてから、臨床検査室に持って行って、実検体で問題なく測定できるかチェックして、発売しているのです。



それなら冷蔵保存とか凍結とかもOKにしてよ、と思われるかもしれませんが、血清検体というのはただの色水ではなく、色んな成分が溶け込んでいる複雑な溶液です。
成分というのはタンパク質、脂質、血糖、ビタミン、ミネラルとか。
中でもタンパク質はアルブミンやグロブリンの他にも、分解酵素、活性化因子、阻害因子などなど沢山入っていて、患者さんそれぞれの生態系?みたいなものを構築しているのです。
私たちの検査試薬は、そういった個人差を数値にしているのです。

そういった多様な検体に対して、一律こんな保存方法が有効ですよ、と言うことができないのです。
保存したせいで生態系?が崩れて異常値を起こす、というリスクが高すぎるから。

本音を言うと、検体の保存だって医療行為に含まれる部分だから、医療器具や診断薬メーカーに聞かないで欲しい。
だって「採血のやり方を教えて下さい」と聞かれたとして、それは注射針や採血管のメーカーに教わることじゃないでしょう。
臨床検査室の運用については、技師長なり各医療機関で責任を持って欲しいところです。

でも、そんなバッサリと切り捨てるような回答してしまうのは、あまりにも不誠実です。
お客様の都合も伺いながら、正直にこんな説明をするのが良いのではないでしょうか。

「あくまで一般的には、冷蔵保存や凍結保存した検体でも問題なく測定できることが多いです。しかし患者さんによっては何らかの劣化を引き起こす可能性が否定できませんので、診断薬メーカーとしては保証いたしかねます。ですので血清分離して、少なくとも当日中には測定を済ませるようにお願いしています。」

まだこんな課題が未解決 ③抗体と検体の相性問題

イムノアッセイが体外診断薬に応用されているのは、血液中、私たちの分野では血清検体中で、抗原抗体反応が正しく進むという大前提に基づいています。ほとんどの患者さんに対して、正しく測定できるように試薬を作っています。
でも何事にも例外があるんです。
私たちが一番よく経験するのが、ごく希に、試薬に使っている抗体と相性が悪い患者さんがいることです。

相性が悪いってどういう事かというと、例えて言うならアレルギーとか、すごく特殊な血液型不適合みたいなもの。
抗体の特定のクローンに対して過敏で、正しい抗原抗体反応が行われず、結果として異常高値や異常低値を起こしてしまう、というものです。
もちろんかなりレアなケースです。何千か何万人に一人、というぐらいでしょうか。

なぜ「特定のクローンに対して」と考えているかというと、色んなメーカーさんが同じモノクローナル抗体を使っている測定項目がありまして、それらの試薬では共通して異常値、違う抗体を使っていると思われるメーカーさんの試薬では正常、となったことがあるからです。

私たち技術者サイドでは、抗体というのはそういう性質のものだ、という認識です。
抗体は生ものですから、100%の試薬というのはできないのです(それでも99.9%ぐらいはいけると思っています)。
ごく希に相性が悪い患者さんがいて、異常値が起こる事がある、というリスクをきちんと把握しておきましょう。
このような事実があるから、添付文書に必ず「この検査結果のみで診断を行わず、他の関連する検査結果と合わせて総合的に診断して下さい」と書いてあるのです。

一般的に異常値の対策として、別のキットで測定してみるのが有効と言われていますが、抗体の相性問題の場合は別の抗体を使った試薬では何も問題なく測定できます。
だからといって、そちらのキットの方が性能が良い訳ではなく、そちらにだけ相性が悪い検体も必ずあります。

この「相性」の正体が具体的に何なのか、それは内緒です。
でもこの相性問題を専門に研究している人に会ったことがあります。うまくいったら論文に書いてほしいですね。

抗体と検体に相性があることは、技術サイドではある程度仕方ないと捉えられています。
さらに自分でELISA系を作ったことがある検査技師さん、経験のある学術・営業の方ならだいたい解っていて、
「そういう事もたまにある」
と、特に何事もなくやり過ごしているのです。

異常値

ところが一番困るのは、お客様から「変なデータが出たよ」と連絡を受けた経験の浅い営業マンが、
「すみませんうちの試薬が悪いんです。すぐに開発に言って改良させます。」
その場しのぎの誠実アピール対応をして持って帰ってきてしまうこと。
そんな事したら、お客様が納得して頂けるような回答文書を用意しないといけなくなるじゃないですか。
「元々そういう性質のものなんです」で済ませられなくなってしまうのです。
そもそも採血管1本程度の血清量で、原因分析してよと言われても無理。

みんなで幸せになろうよ。
誰のせいでもないんだよ。
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バイオ系実験あるある等を気まぐれにつぶやいています。
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