診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2019年09月

まだこんな課題が未解決 ①固相結合の実態

仕事柄、いろんなイムノアッセイの技術を扱っているわけですが、何でも知っているのかと言われると、全然そうでも無かったりします。
そんな技術のお話をしてみたいと思います。

昔からあるのが「プレートのロット差問題」。

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マイクロプレートの在庫が残り少なくなってきて、新しいロットを買ってきたのは良いものの、いざアッセイ系を組んでみると、何か前のロットとデータが違うような?
実験をしている方なら、誰もがそんな経験をしていると思います。
残っているプレートをかき集めて、「この箱キープ!」とか言ってる人、いたでしょう。

本来であれば、ロット差の根本原因を追究しないといけないんですけど、大体は本筋の研究開発テーマを走らせないといけないので、プレートの問題なんか後回しにして、いつしか忘れられてしまうものです。
プレートなんて成型品だから、材料と金型が一緒なら本来同じ性能になるはずなんですけどね。
剥離剤が揮発する説なんてのも、しょっちゅう出てきます。

実は固相がプレートからラテックス粒子、磁性粒子に変わった現在でも、この問題は解決できていないのです。

たくさん


それじゃあ診断薬メーカーさんはどうしているの?って思うでしょう。
それは内緒。言えません。
ネットで検索しても出てこない事もあるんですよ。

固相に結合させた抗体のうち、何%が失活して、結合活性を持つものが何%残って、そのうち何%が剥がれるか。
そういったことが未だに制御できていないのです。
表面科学の領域です。

IgG固相化2


抗体はまだ良い方です。Fc部位でプレートに着地すればFab部位は無傷のはず、と見当がつきますから。
抗原の方はどこで着地して、どう立体構造(コンフォメーション)が変化して抗原性が変わるか解らないし、そもそも剥がれてしまったら意味がないです。

電子顕微鏡で見る?
誰もがそう考えます。
でも見るためには粒子を、試薬とは似ても似つかない環境に置き換えないといけないし、仮に見えたとしてもそれで何が解るのか。
画像と抗体の結合活性との関連性までは解らないのです。

パウリの言葉:
「固体は神がつくりたもうたが、表面は悪魔がつくった」
人である私には難しい問題なのですよ。


タイターチェックの熟練手技

「さあ、今日は抗体のタイターを調べます!」
マイクロプレートで希釈系列を作って、試薬を混ぜて静置。どこまで陽性か判定する。
一昔前、凝集法を使っていた頃には必須の実験でした。

タイター(titer)
抗体の力価。特にイムノアッセイに用いたときの抗血清や腹水の限界希釈倍率で表すことが多い。
最近めっきり聞かなくなった免疫用語です。
affinityより、avidityの方なのです。avidityで[検索]

タイターチェックの実験、いっぱい練習させられました。

【希釈系列の作り方。】
まずマイクロプレート1列目に抗血清50μL、2列目以降に検体希釈液25μLを分注します。

Titer1

1列目の抗血清(1:1)からピペットで25μLを吸引し、2列目に移して吸引排出で撹拌します(1:2)。

Titer2


そのままチップも替えずに、25μLを吸引し、3列目に移して吸引排出(1:4)、以後12列目まで(1:2048)繰り返します。

Titer3


この操作を8連のマルチチャンネルピペットで、一気にプレート1枚分、希釈系列を作ってしまうのです。
当時のピペットは精度がイマイチで、8連中1チャンネルだけ液量が多くなったりしたものです。
分解してグリスアップしたりして、いつしかピペットメンテナンスの技術も覚えてしまうものでした。

今では電動のマルチチャンネルピペットがありますが、これらの作業ができるような設定があったりします。
Mixingとかあるのは、きっとこの頃のピペッティング作業の名残なのでしょう。



【試薬の分注】
一滴25μLのドロッパー(スポイト)を使って、1ウェルに1滴ずつ、ぽたぽたぽたぽた…と入れていきます。

Titer4


熟練の検査技師さんの手に掛かれば、すごく速く正確にドロップできます。
あとはプレートミキサーで均一に撹拌し、1~2時間静置です。

【さらに巧の技】
私たちの時代にはマルチチャンネルピペットがありましたが、さらに前の時代にはドロッパーと、以前お話ししたダイリューターを駆使して検査していたそうです。

1. 検体希釈液を25μLのドロッパーで、8行11列分滴下。
2. 一番左の列に検体8例を50μL分注。
3. 25μLのダイリューター8本を検体の列に入れ、手のひらですりあわせるように、ごろごろと撹拌。
4. ダイリューターを(検体25μL分ごと)8本まとめて一つ右の列に移して、ごろごろと撹拌。
5. これを右端の列まで繰り返して希釈系列作製。
6. 試薬をドロッパーで全ウェルに滴下。

こんなエキスパートの世界があったのです。
でも当時はデジカメもなかったし、動画撮影なんか到底できませんでしたので、記録が残っていません。
もし今でもドロッパーとダイリューターで検査できる方がいらっしゃいましたら、ぜひ動画を撮って下さい。
それでYouTubeにでも上げて、熟練の検査技術を後世に伝えてもらえると嬉しいです。

それは感作と言うのか? 古き良き免疫用語

前回、逆受身凝集法の事を書いていて思い出したのですが、抗体を赤血球やラテックス粒子に結合させることを免疫用語で「感作する(sensitize)」と言います。
これも近年使うことが少なくなってきた免疫用語ですが、ネットで検索すれば出てくるレベルですので、死語になる心配はないかと思っています。



「感作」
元々の意味としては、抗原に対してアレルギー反応を起こしうる状態にすること。
アナフィキラシーショックを起こさせるために、予め抗原を注射しておくことを指す言葉だったのです。
逆受身凝集法では、抗原に対して凝集反応を起こしうる状態にする、即ち赤血球やラテックス粒子に抗体を結合させることを「感作」と呼んでいます。
名詞で「感作」、動詞で「感作する」となるので、辞書登録するときには名詞サ変です。

ところで、受身凝集法の試薬を作るときには、赤血球やラテックス粒子に抗原を結合させるのですが、これは「感作」と言うのでしょうか?

この件については、ちょっと思い出があります。
ミーティングで凝集法の話になって、当時の先輩が「抗体感作系では…、抗原感作系では…」と話していた人がいたのです。
まあ、逆受身凝集法と受身凝集法の話だな、と意味はわかったのでミーティングでは流しました。

それでミーティングが終わった後の雑談で、「抗原を結合させるのも感作って言うんですか?」と聞いてみたところ、技術者仲間ではラテックス粒子に抗原や抗体を結合させることを「感作」と言うものだと思っていたらしく、
「何か変なとこある?」
と逆に聞き返されてしまいました。

「いえ、感作って元々アレルギーの用語ですよ。免疫するのと同じです。
抗原を注射して、抗体を作らせて免疫反応させるのが感作でしょう?
だから抗原を測るために抗体を着けるのを感作と言うのが正しくて、抗原を着けるのは感作って言わないんじゃないですか?」

「うーん、どうなんだろうね。」

この時のディスカッションは結局時間切れで、その後モヤモヤしたままになっています。
今となってはどちらが正しいのか、わからなくなってしまいました。

今にして思えば、当時の私も大人げなかったのかもしれません。
でも、もし間違えていたら、他所とのディスカッションで大恥をかく可能性もあったかもしれません。
言葉の定義というのは、大事なのかもしれませんね。
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