診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2019年03月

添加回収試験 その2

「極めて有用」と考えている添加回収試験ですが、「万能とはいえない」という一面もあります。
添加回収試験ができない測定項目っていうのが、意外と多いのです。

・血清中で不安定なもの
 代表的なのがBNP。血中半減期が短い事が知られています。
 緊急検査としてはとても有用なのですが、開発するの大変だったことでしょう。

・血清タンパク質と結合してしまうもの
 遊離サイロキシン(Free T4)や遊離トリヨードサイロニン(Free T3)がこれに当たります。大部分のT4やT3は血清タンパク質と結合していて、結合していないT4やT3を測定するのがこれらの項目ですから、最初から添加回収試験の対象外です。一方で総サイロキシン(Total T4), 総トリヨードサイロニン(Total T3)は添加回収試験の対象になります。
 PSAもそうです。以前書いた通りα2マクログロブリンに捕まってしまいますので、添加回収試験をすると必ず低値に出る傾向があります。

・自己抗体が存在するもの
 インスリンの自己抗体は有名ですね。RIA法の発明に繋がった偉大な業績です。
 その他にもTSHなどのホルモンにも、気付いていないだけで実は自己抗体を持っている患者さんがたくさんいるそうです。

・立体構造が変化するもの
 ウイルス抗原で、必ず低値になる測定項目があります。
 腫瘍マーカーのような糖鎖抗原も、構造が変化しやすいと言われています。
 (出典が曖昧ですみません。)

このように添加回収試験は基本的な試験でありながら、世の中にあるイムノアッセイ法を使った測定項目では適用できない事が多々あります。
たまに「使えない試験」とおっしゃる方もいるのが残念な話です。
診断薬というのは臨床状態を良く反映する事が大事ですので、必ずしも測定法としての正しさが保証されているとは限らないのです。要は患者さんの治療方針を立てる手助けになるようなデータが出るのであれば、他の事は二の次でも構わない、ということです。

添加回収試験 その1

次に添加回収試験です。
英語ではSpike and recovery testというらしいです。
色々な分野で行われている、基本的な試験です。

臨床検査の世界では、溶媒の干渉(マトリックス効果)の有無を調べるために昔から使われています
具体的には、例えば相関性試験で乖離した検体に、
1. 一番濃い濃度のキャリブレータを1/10ぐらい加える。
2. 測定して、回収量(測定値ー元の値)を調べる。
3. 回収量をキャリブレータの1/10で割って、回収率(%)で表す。
という具合に試験します。

添加回収1

回収率は100±20%ぐらいの誤差を見込んでおきましょう。
元の値にも添加後の値にも、誤差はあります。
そう考えれば、正確性試験の√2倍ぐらいの誤差が妥当でしょう。
元の値が0に近く、添加量が元の値を無視できるぐらい多ければ(図A)そのような心配は不要ですが、大抵の場合は「測定値がおかしい」と感じて添加回収試験をするので、元の値の誤差は無視できないぐらいあるものなのです(図B)。

何回測っても回収率が80%以下なら、血清中に干渉物質があって抗原が正しく測れていないのだろう、と考えます。
また逆に何回測っても回収率が120%以上なら、血清中に促進物質があって測定値が多めに測られているのだろう、と考えます。

他にも色々考えられる事はあるのですが、大体はこれで見当がつきます。
添加回収試験はばらつきが大きいため、測定法の良し悪しを調べる評価試験には向いていませんが、血清溶媒の影響を調べるのに特化した試験としては極めて有用です。

回収率200%近く出た経験もあります。
この時は「きっと添加した抗原が元々凝集していて、血清に添加したらバラバラになって結合できる抗原のモル数が増えたのだろう」と考察しました。
また回収率が30%になった時には、「きっと血清の中に自己抗体があって、抗原を吸収してしまい、サンドイッチ結合が妨害されたのだろう」と考察しました。
何かの参考になれば幸いです。
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