診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2017年11月

そして標準化は進まない

前回までお話ししたPSAは、標準化が上手くいった検査項目の代表例です。標準物質の作り方から、よく考えられています。

しかしイムノアッセイ法はあくまで分析法
長さならメートル原器、重さならキログラム原器を基準として合わせればいい、という計量法と同じやり方では都合の悪い点が出てくるのです。
今回はそんなお話。

まず(我々の経験上良くあることですが、)抗原というのは、検体から
精製して取り出した時点で、天然のものから微妙に変性してしまうのです。
例え変性剤や塩析による物理的なダメージを与えないでも、抗原の周りの環境(溶媒)が違うだけで、血液中の抗原とは【少し違う反応性のもの】になってしまうのです。
それこそカラムに通すだけで、検体中の抗原とは別物になってしまいます。

カラム変性

そして、この微妙に変性した抗原を免疫原として動物に注射
して、抗体を取っているのです。

抗原免疫

こうして幾つかのクローンが出来上がりますが、免疫原が変性した抗原なので、天然の抗原に対する親和性はクローン毎に違ってしまうのです。

反応性の比

このような多様な抗体を使って各メーカーが診断薬を作り、変性抗原に対して値が合うように調整してしまうと、天然抗原に対しては値がズレてしまう事になります。

値のずれ

ざっくりと言えばこんな理由で、精製抗原で作った標準物質に合うようにイムノアッセイ試薬を作っても、実際の検体を測ると測定値がズレてしまう、という現象が発生するのです

我々技術者としては、本当は標準物質なんか使わずに、基準測定法で値付けされた実検体を提供して頂いた方がありがたいのです。
ところが現在の標準化の方向は、標準物質頼りです。
薬事的にも添付文書に標準物質を明記するように求められており、メーカーはお上には逆らえません。

「何をもって標準と定義しているのか?」
結局はそんな話になってしまいます。
精製抗原を添加した疑似検体を標準品と仮定するのは、無理があると思うのです。

最近になってやっと、血清検体を使った標準化が提唱されてきました。
これが上手くいったら他の検査項目も同じようにやりましょうよ。

がんばろうPSA検査(その2)

前回までのあらすじ:
PSA(前立腺特異抗原)検査は、学会と診断薬メーカーの努力のもと、ようやく標準化が完了し、普及して多くの前立腺がんを見つけて、患者さんの治療に活躍していきました。

…と、なるはずだったのですが、住民検診にPSAを入れることに関しては根強いアンチがいるのです。しかも国レベルで。
「PSA検査に公費を使うべきではない」
なんでそんなこと言うのー!

2007年頃、厚生労働省が発表したガイドラインの中で、PSAを住民検診から外すべきという内容が書き込まれてしまったのです。
これにはPSA検査の普及を推進していた泌尿器科学会が猛反発。

実はPSAは臨床有用性のエビデンスが明確になる前に測定法が確立してしまい、後で統計的に処理すると当落線上の微妙な位置にきてしまったと、ざっくり言えばそういう事なのです。
前立腺がん自体も場合によっては治療の必要がない場合もある(前立腺がんが原因で死んでない)とか、PSA自体もがんに特異的とはいえない(前立腺肥大症でも増加する)ので、そんな検査に税金を投入するほど国の医療費は潤沢ではない、と見なされた訳です。

そうは言うけど、PSA検査のおかげで前立腺がんが早期発見の役に立つのは明確で、近年前立腺がんの発見は増加しています。その点は評価されています

その後も2011年頃には米国PTSFがPSA検診を「適切でない」という勧告が出たりして、日本泌尿器科学会が頑張って反論しています。

現在では50才を過ぎたら、人間ドックのオプション検査として自己負担額数千円でやってくれるところがほとんどです。国や自治体が無料でやってくれる所まで到っていないのです。

このように苦難続きのPSA検査ですが、個人的な意見を言えば、我々が自分の健康をどこまで知りたいか、自分の健康とどう向き合って生きていくか自分で選択する時代になったということだと思います。知りたいならオプション検査で受ければ良いし、仮にがんが見つかっても、お医者さんと相談して自分にとって良い治療が受けられれば良い(治療しない方が良い、という場合もある)のです。

そのためにはPSA検査と前立腺がんについて我々自身が正しく勉強しておかなくちゃいけません。自分の健康は自分で管理する。

体外用診断薬を作っている技術者としては、こういう議論が起こるたびに「がんばれPSA検査」と思ってます。
お金がどこから出るかの問題だけであって、PSA検査は患者さんの健康の役に立つものだと確信しています。
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