診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2017年09月

あやしい検査項目その2.HBe抗原

Q: HBe抗原のeって、何の略なんですか?
A: 'e'という名前の抗原です。略称ではありません。

出典はうろ覚えなんだけど、昔Medical TechnologyのQ&Aのコーナーに書いてあったので勉強した覚えがあります。

e抗原は、B型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus; HBV)が分泌する抗原の一つですね。
そもそもHBVは2種類の抗原を分泌する性質を持っているのです。

一つはs抗原。これは昔、オーストラリア抗原と呼ばれていたもので、その後ウイルスの表面を構成するタンパク質を分泌していることが判明したため、SurfaceのsをとってHBs抗原と呼ばれているのです。

もう一つがe抗原。これは発見当初、HBs抗原のサブタイプ(adrとかaywみたいな)の一つではないかと考えられて、その時にeという名前が付いたとのこと。
その後よくよく調べてみるとHBVの
Core抗原の一部が分泌されているもの(正しくはCore抗原よりN末が20残基ほど長く、C末側の塩基性領域がごっそりなくなったもの)だと判明したんだけど、名前だけは残って'e'と呼ばれているのです。

だから英語では、「Hepatitis B 'e' antigen」と書くのです。

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画像は肝炎.netより。

さてこのHBe抗原、何があやしいかって言うと、ネット上でのデマが多すぎる。
eはenvelopeの略じゃないですよ!適当なこと言わないで。

HBVは抗原(sとe)を積極的に分泌する性質があるので、現在のようなウイルス学が発展するより早く免疫血清学的に研究され、診断に応用されてきたものです。
だからウイルス学で言うenvelopeは、HBVでは元々surfaceって呼ばれていたんです。
envelopeに相当するのはHBs抗原なんですよ。
e抗原は別物です!

なのに教科書的な物言いで、
HBe(e:envelope;HBVの最外殻)抗原
とか書くのやめてよ。
最外殻www ないわそんなもん。
しっかりしてくれ臨〇協。

あやしい検査項目その1.インスリン

さてこれまで測定原理の話をしてきましたが、実際の臨床検査用診断薬はただのELISAと違います。
実際の抗原濃度を反映していないことがあるのです。
なぜかというと、一つは計量法ではなく分析法であること。
もう一つはお客様とWin-winの関係になるように開発された「商品」であること。
そんな例をいくつか紹介していきたいと思います。

まず代表格としてはインスリン。
血糖値を下げるホルモンです。たいへん重要な検査です。

最初はバイオアッセイで測っていました
バイオアッセイはインスリンの活性を反映しているはずなので、臨床と合うと考えられます。

これをイムノアッセイで測定できるようにしてBerson&Yalowがノーベル賞を受賞したのは有名な話です。

ところが、バイオアッセイで測定したインスリンと、イムノアッセイで測定したインスリンは、値が全然合わないのです。
じゃあイムノアッセイで測定した値は何なの?ということで、区別するためにimmunoreactive insulinという言葉ができたぐらいです。

ins

抗体とインスリンの大きさを比較した絵を貼り付けておきます。右上の銀色のがインスリン(PDB:4ins)、真ん中のが抗体(PDB:1igt)です。
インスリンは
分子量5.8kDa, アミノ酸21と30残基のヘテロダイマーで、イムノアッセイで測定するタンパク質の中では最も小さい分子です。
サンドイッチイムノアッセイが組める限界じゃないでしょうか。

ここからは開発に関わった技術者の考察ですが…
インスリンはあまりに小さいので、抗体と結合するだけで立体構造が変わってしまい、Nativeなインスリンとは全然違う結合活性を示してしまうため、バイオアッセイと乖離するのではないか?と我々は考えています。

それでも、現在インスリンはイムノアッセイで測定しています。イムノアッセイの方が簡便で迅速・安価です。多少活性と合わないことに目をつぶっても、患者さんの診断の役に立っています。
めでたしめでたし。

でもね、最近インスリン測定の特殊性を全然知らない奴らがたくさんいて、やれビアコアで測ってKdがどうのこうのと言い出すんですよ。学生実験とかで。
インスリンの試薬開発なんてどこのメーカーでも終わってますがな。
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