診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2017年05月

抗体の固相化 ②化学結合法(2)

凝集法の試薬(抗体感作ラテックス)を作ったことがある方なら、こんな経験があるかと思います。今まで物理吸着法で作っていた試薬の調製再現性がよくないので、化学結合法に代えてみたら全然反応しなくなった、とか。
普通はそこで検討をやめてしまいます。

さて、なぜ化学結合法で抗体を結合させる方法は、実験的に上手くいかないのでしょうか?

①物理吸着しない訳じゃない
化学結合法で抗体を着けたはずが、実はほとんど物理吸着で着いていた、という事はよくあります。
タンパク質の吸着現象なめんなよ。あれ物凄く強いんだ。
結局架橋剤で修飾した分だけ活性が低下したとかいうオチになります。
あと、長期保存すると剥がれたり。化学結合なのに何で剥がれるんだよ、って頭を抱える訳です。

②抗体が「死ぬ」問題
物理吸着法の所で考察していた、抗体が倒れたりして活性を失う問題。これは化学結合法だと解決できる訳じゃないです。抗体にアミノ基がたくさんあるので、倒れて着く確率も高いってこと。

③架橋剤を工夫しても失敗する
もうラテックスと抗体の距離を離すように、長いスペーサーを持った架橋剤を使ってやればいいんじゃないかと考える訳です。
でも実際やってみると、都合よく物理吸着せずにスペーサーの先だけに抗体が着いてくれる筈もなく…

というような苦労があって、診断薬メーカーさんは独自の技術(もちろんConfidential)で抗体感作粒子を作っているのです。
こういうことを経験して、何とか試薬が作れて50点。
今市場で流通している試薬は75点ぐらいでしょうか。
なかなか100点満点をつけられる感作方法って言うのはないんですよ。

そこまで究めてもお客様に提供できる利益は僅かなので、我々は75点の技術で何とか試薬を作っています。
究めるのは生物工学の学者さんに期待しましょう。

抗体の固相化 ②化学結合法(1)

固相に対して物理吸着法ではなく、化学結合で抗体を結合することもできます。
この方法は、主に表面にカルボキシル基が付いた
診断薬用ラテックスに、タンパク質のアミノ基を使って結合させるときによく使います。

まずはカルボキシル基にNHSを付けます。
「官能基の活性化」と言っています。

EDC-NHS
EDCはEDACとかWSCと呼ばれることもあります。
カルボキシル基とアミノ基を架橋する作用を持ちますので、これを使えばラテックスと抗体のアミノ基をくっつけられます。
でも抗体にもカルボキシル基がありますので、そのまま使うと抗体同士が架橋されて高分子量の重合体を作ってしまうのです。

そこでまずカルボキシル基に、一旦NHSを結合しておき、EDCを除いた後で抗体を結合するのです。
NHSは以前も出てきましたね。抗体の低分子標識 1.アミノ基を使う方法

①カルボキシル基の活性化

EDCが100mM、NHSが50mMぐらいになるように中性のリン酸緩衝液に溶解します。用時調製です。
診断薬用ラテックスは遠心して上清を除去しておきます。
これにEDC,NHS溶液を入れ、よく撹拌します。超音波とか掛けると簡単です。

EDC_step1

EDCはNHSをくっつけると外れてしまいますので、カルボキシル基にNHSが結合したものだけが残る事になります。

②タンパク質(抗体)の結合
また遠心して、上清を捨て、リン酸緩衝液で洗います。
そこに抗体を添加します。

EDC_step2

こうすると今度はNHSが外れて、ラテックスのカルボキシル基と抗体のアミノ基が共有結合でくっつきます。
あとは余分な抗体を洗い流して、BSAとかでブロッキングすれば完成です。

と、教科書的な説明ではこのように結合できるのですが、いざ実験してみるとなかなか上手くいかないんですよ。抗体がうまく反応しなかったり。
ここまでで採点すると30点、って所でしょうか。

長くなるので続きます。

抗体の固相化 ①物理吸着法

さて、それではイムノアッセイ系のデザインについて書いていきます。
まずは一般的なELISAの測定系を作ってみましょう。

ELISAをやるには、まず抗体を固相に結合する必要があります。固相化とか感作という言葉を使っています。
一般的には96穴マイクロプレートを使います。

96-hira370
このプレートに抗体を結合するのに、タンパク質の吸着現象を利用するのが最も
簡単です。
①抗体をリン酸緩衝液等で1μg/mLぐらいに希釈します。
②各ウェルに100μLずつ分注します。
③1時間~一晩静置します。
 これだけで抗体がウェルの底や側面に自然にくっつくのです。
④分注した液を捨て、0.1%BSA(ウシ血清アルブミン)溶液を200μL分注し、1時間~一晩静置します。

④はブロッキングと呼ばれる作業です。過剰量のタンパク質を接触させることでマイクロプレートにタンパク質を目一杯吸着させて飽和状態にしておきます。
これをやっておかないと、抗原が抗体ではなくマイクロプレートに吸着してしまい、イムノアッセイ系が成り立たなくなる恐れがあります。

IgG固相化1

このように、抗体液を入れて放っておくだけで抗体は固相(ここではマイクロプレートのウェル)に結合するのです。
タンパク質の吸着現象については、高分子の医療応用研究でかなりメジャーなテーマとして扱われています。生物工学の分野です。

さて、先ほどの絵では抗体が着地に成功、みたいに描いていますが、そう上手くはいかないでしょう。
体操選手が着地に成功するのは一生懸命に練習しているから。いくらFc部位が疎水性が高く、プラスチック表面に吸着しやすい性質とはいえ、失敗する方が普通でしょう。

IgG固相化2

このように。実際はもっとぐちゃっと崩れたりして。
ウェルの面積から、吸着する抗体の量を計算して、そこに結合できる抗原の量を算出するとができるのですが、実際ELISAをやってみるとトラップする抗原量は、計算量よりずっと少なくなります。
要するに活性を持たない抗体がたくさんあると思われます。それは着地に失敗しちゃって結合活性を失った抗体がいっぱい出てくるからじゃないか?と考えています。

ちなみにFc部位を切断した、F(ab')2でも同じ方法で固相化できます。
Fab2固相化

Fabにしても固相化できます。
でも結合活性はかなり低くなります。

Fab固相化

僕らの経験では、
なぜか知らないけど、タンパク質を単純な方法で固相化するとほとんど死ぬんですよ。生き残る方が少ないぐらい。
それはこういうことなんじゃないかと考察している訳です。
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