診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2017年04月

アジ化ナトリウムの正しい使い方

診断薬ではよく使うアジ化ナトリウム(NaN3)。
バイオ系の実験では防腐剤としてよく使われますが、一方で毒性や爆発性を持つ危険な物質でもあります。

でも包丁や自動車と同じこと。取り扱いを間違えると怪我や事故に繋がりますが、正しく使えば産業や経済活動の役に立つものです。
正しい知識を持って、正しく使う事が大事です。

IMG_0703

アジ化ナトリウムの毒性は、ヘムに強力に結合することによって呼吸系のチトクロムオキシダーゼを阻害するために発揮されます。
だから抗体活性には影響ありませんが、ヘムタンパク質であるPODは失活してしまうんですね。

取扱い上の注意点は以下の通りです。

1. 金属との接触厳禁
金属
アジ化物は爆発の危険性があります。
アジ化ナトリウムは金属と接触させないように取り扱うのが基本です。
薬さじ(スパチュラ)は必ずプラスチック製のものを用意して使いましょう。
また秤量時、電子天秤の金属面にこぼさないように。できれば紙とか敷いて使うとよいでしょう。

2. 酸性溶液への投入禁止
アジ化ナトリウムは酸性にすると、有毒なアジ化ガスが発生します。
なので酸性のバッファー(pH6以下)には使用しないこと。
中性のバッファーの場合は、pHを合わせた後で溶解すること。
基本、アジ化ナトリウムの投入は最後と覚えておきましょう。
例えばTris緩衝液にアジ化ナトリウムを入れる場合、
①Tris溶解
②塩酸でpH調整
③アジ化ナトリウム溶解、の順です。
アジ化ナトリウムを入れた後でpHを上げようとすると、アジ化ガスが発生するし、pHが安定しなくて不便です。
なお、アルカリ性のバッファーにアジ化ナトリウムを投入する場合、その時はいいのですが、廃棄時に中和させるときにアジ化ガスが発生します。廃棄業者さんに引き取ってもらいましょうね。

3. 除菌ろ過と組み合わせて使用する
アジ化ナトリウムも万能ではなく、毒物扱いにならない0.1%では、殺菌作用までは期待できないらしいです。要するに元々コンタミしていた菌を殺すところまでは期待できないということ。
このためバッファーにアジ化ナトリウムを溶解させた後、必ず0.2μmのフィルターでろ過するように工程を組みます。無菌環境でも一応やってますね。

こんな所ですかね。
正しく使って安全な実験を心がけましょう。

緩衝液には秘密がいっぱい

さて、このようにして標識抗体ができたわけですが、
これらを適切な緩衝液で希釈して、診断薬を作ります。
イムノアッセイ試薬では、抗体はμg~ng/mLの濃度で使う事が多いので、1000倍とか10000倍とかに希釈する事になります。

「なんだよ抗体そんなちょっとしか入ってないの?もうちょっと安くしてよ。」
そう思われるかもしれません。
そうです。診断薬において抗体の値段なんて1円未満です。
診断薬の値段は、ライセンス料とか品質保証コストとか流通費用とか、中身以外の部分がほとんどだったりします。

ところでその「適切な緩衝液」ってのが企業秘密のカタマリなんです。
決してTBSとかグッドバッファーなんかじゃありません。

診断薬って臨床検体を測るものです。ヒトの血です。
ただのグッドバッファーなんかでヒトの血清なんか測ったら、滅茶苦茶なデータが出てしまいます。
なぜかというと血清成分には、抗体や酵素に結合する物質、反応を妨害する物質、抗原に先にくっついてしまう物質など、色んな成分が含まれているからです。
しかも個人差が大きく、ある患者さんの血液には大量に入っている妨害物質が、別の患者さんには全然無かったり。
代表的なのにはHAMAっていうのがありまして、試薬に使う抗体に結合するヒト抗体がなぜか患者さんの血液中にある、というのはよく知られている話です。

僕ら診断薬の開発をしている技術者は、そういう妨害物質の正体を長年の研究と経験から大体知っていて、千人に一人、1万人に一人、ぐらいの頻度で現れる妨害物質に対抗する成分を緩衝液に入れて診断薬を作っているのです。

論文や特許にも載っていない秘伝の技術。
こういう所にメーカーの実力が現れたりします。

抗体の酵素標識(2)酵素へ抗体を結合

マレイミド基を導入したALPができました。
次に抗体を結合させます。

抗体は以前紹介した、抗体の低分子標識 2.SH基を使う方法の③まで実施しておきます。還元して定量するまでですね。
ALPに抗体Fab'を、モル比でだいたい1:5になるように添加します。
ALP-mal-Fab

ここでポイントですが、ALPにマレイミド基が3~4個導入されますので、それより少し多いFab'を入れるようにします。
Fab'をわざと余らせるようにするのです。
これはマレイミド基を確実にブロックするためです。
こうして一晩静置し、十分に反応させた後、ゲルろ過カラムに掛けます。
Chromatogram
右側のピークは余ったFab'です。これが含まれたままだとイムノアッセイ系に邪魔をしてしまいますので、確実に除去します。
ALP単独のピーク(つまり抗体が結合しなかったALP)が見える事もありますが、これは無視して構いません。B/F分離で洗い流されるだけで害はありません。
つまり左側の、ALPが結合したフラクションを全て回収すればOKです。
ALP-Fab
これでFab'-ALPが完成。
イメージとしては、大きい酵素に小さい抗体をくっつけるようなものです。

ところで酵素標識抗体っていうと、こういう形をイメージしていませんでしたか?
私たちも仕事がら、こんな絵をよく描きます。
標識3
実はこれは、見てきたような嘘。
試薬をお使い頂くお客様(臨床検査技師の皆様)に測定原理を説明するときに、イメージしやすいように、抗体と酵素をただくっつけただけの絵を使っているのです。
本当はこんな形していないのです。
概念図ってそういうものなのです。
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