診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

2017年03月

抗体の酵素標識(1)酵素へマレイミド基導入

それでは酵素標識抗体を作ります。
二価性の架橋剤(hetero-bifunctional crosslinker)といって、2種類のアミノ酸側鎖を結合する
ような化学物質を使います。
代表的なEMCSやGMBSは片方にスクシニミド基、片方にマレイミド基を持っており、スクシニミド基はアミノ基に、マレイミド基はSH基に結合します。

具体的なプロトコルはこちらを参照
PODもALPも同じ方法でできるけど、ここではプロトコル通りALPとEMCSを使った方法で説明します。
まずはALP上のアミノ基にEMCSを結合させて、ALPにマレイミド基を導入しましょう。

ALP-EMCS

①ALPを用意
市販のALPを2mgぐらい用意します。
ALPを使う時には1mM MgCl2と0.1mM ZnCl2をバッファーに入れておくと安定です。バッファーはもちろんリン酸以外で。

②50mM EMCS溶液を用意
EMCSを耳かきみたいな薬さじで一かき、エッペンドルフチューブに入れます。この時電子天秤で重さを量りながら入れましょう。
EMCSの重量から、15.4mg/mLになるような液量を計算します。
チューブにその液量のDMF(ジメチルホルムアミド)を入れてEMCSを溶解します。

③ALPにEMCS溶液を添加
ALPにモル比で40倍ぐらいになるようなEMCSを添加します。
ALP 2mg=13.3nmolですから、13.3×40=532nmol、この量に相当する50mM EMCS 10.6μLを添加します。
よく撹拌して30℃、30分インキュベートします。

④結合しなかったEMCSを脱塩除去
インキュベートした混合液をPD-10で脱塩します。

ALP-maleimide
これでマレイミド基を導入したALPが完成。
次回に続きます。

タンパク質はmgで扱うのに、なぜかこういう計算にはmolを使っています。
そういう習慣なんですけど、どっちかに統一すればいいのに。何か焦れったいですね。
あと、この段階でマレイミド基の定量を行うと、だいたいALP1分子に3~4個入ります。PODだと1~2個ぐらいです。

ELISAに使う酵素の話

さあ次は高分子標識…とその前に、標識酵素の話をしましょう。
ELISAの「Enzyme-Linked ImmunoSorbent」の部分です。

標識用の酵素に必要な特性としては、
・加工しやすい(抗体と化学結合させても失活しにくい)
・ターンオーバー数が大きい(大量のシグナルを発生する)
・非特異的な吸着を起こしにくい(バックグランドが低い)
・安定である(長期間の保存に耐えられる)
・安価である(研究費の負荷が少ない)
というものがありますが、大体どこの研究室でも得意な酵素ってのがあって、それを使えばいいのです。

診断薬用にはさらに以下の特性も考慮します。
・安定供給が可能である(ロット差が少ない)
・優秀な基質がある(酵素と基質のセットで考える)
・標識抗体にしたときに12ヶ月以上安定である

それでは代表的なものを紹介します。
まずはみんな大好きPOD。西洋ワサビ由来ということでHRP (HorseRadish Peroxidase)と呼ばれる事も多いです。
HRP
これはPDBjの1h58から。
真ん中のでっかい塊がヘムですね。
分子量が45kDaぐらいで手頃な大きさです。
ターンオーバー数も高く、化学結合にも適しており、安価です。
唯一の弱点は、防腐剤にアジ化ナトリウムが使えない事。ヘムの阻害剤なのでPODも失活してしまうからです。
ウエスタンブロットの実験でスキムミルク溶液に添加してインキュベートしたとき、腐って臭い思いをした事ありませんか?
現在の技術ではアジ化ナトリウムほど優れた防腐剤はないんですよ。
診断薬にすると必ず菌の問題に悩まされます。

ここ十数年良く使われるのは、アルカリホスファターゼ。ALPとかアルフォスとか言われて親しまれています。
ウシ小腸由来のものが比活性が高く、良く使われています。
ALP2
これはPDBjの4kjgから。
二量体で、糖鎖や金属イオン(亜鉛、マグネシウム、カルシウム)などてんこ盛りです。
分子量150kDa、でっかいです。
ターンオーバー数もそこそこ高いですが、何よりもリン酸を切るというシンプルな機能のため、優秀な基質が沢山作られています。
診断薬としても優秀で、アジ化ナトリウムを入れたバッファーなら実験室でも臨床検査室でも腐る事はまずありません。取扱が容易です。
弱点もありますが知っておけば防げます。
・熱に弱い(40℃以上にすると急激に失活)
・キレート剤に弱い(金属イオンが活性に重要な役割を果たしているため)。

あと、β-ガラクトシダーゼなんかも使われる事があります。
ターンオーバー数が高いのでスペック上は強力です。
でも工業的に加工が大変(フリーのシステイン多すぎ)、優れた基質がない、などの理由で診断薬にはあまり使われていないのが現状です。

抗体の低分子標識 2.SH基を使う方法

続いてSH基を使う標識方法を説明します。
抗体のヒンジ部位にはS-S結合がありますので、これを還元してSHにします。チオール基とかスルフヒドリル基という言い方もありますが、僕らはそのままSH基と呼ぶ事が多いです。
このSH基には、マレイミド基を持つ標識試薬がくっつきます。

では手順です。

① 抗体を還元
F(ab')2に還元剤を添加します。
昔はメルカプトエタノールを使っていましたが、毒物に指定されてしまってからはあんまり使っていませんね。
メルカプトエチルアミンを0.1Mになるようにバッファーで溶解し、finalで10mMぐらいになるように添加して、37℃で90分インキュベートします。
これもクローン毎に至適化するのが普通ですが、最初は大体こんなものです。

② 還元剤を除去
インキュベートした溶液を、PD-10のような脱塩カラムに掛けて還元剤を除去します。
この時使うバッファーがポイントです。
・pHは中性
 マレイミド基はアルカリに弱いらしいです。
・1mM EDTAを入れておく
 二価金属塩がコンタミすると、酸化反応を触媒するのでFab'がF(ab')2に戻ってしまう恐れがあります。これを防ぎます。
・脱気しておく
 溶存酸素を抜いておきます。酸化ぜったいダメ。

こんな訳で
1mM EDTA,20mMリン酸緩衝液(pH7.0)を脱気したものを用意し、これを使ってPD-10を平衡化して、脱塩するのです。

③ 抗体を定量
280nmの吸光度を測りましょう。
1.48で割ってmg/mLの濃度を計算し、分子量46,000で割ってモル濃度に換算し、体積を掛けてモル数を出します。

④ 標識試薬を溶解
標識試薬をチューブの中に数mg計量し、DMSO等の有機溶媒の必要量を計算して、10mM程度になるように溶解します。

※③④の手順は手早く。空気で酸化されるのを防ぎます。まあ数時間ぐらいは大丈夫ですが。さらにSH基を定量するように書いてある文献もありますが、あんまり意味がないので省略する事が多いです。

⑤ 標識試薬をFab'に投入
Fab'に、モル比1:10になるように標識試薬を添加します。
この状態で25℃、オーバーナイトで反応させます。

⑥ 未反応の標識試薬を除去
濃縮とかしてPD-10とかで脱塩します。ここまでくれば慌てる必要はありません。

標識2

これで完成。
長所は、抗体ならほぼ確実に標識でき、しかも抗体活性を損なわないところ。
短所は、Fab'1分子あたり1~2個ぐらいしか標識が付かない事。

特異性が大事なELISA用に、抗体にビオチンを付ける場合なんかに良く使う方法です。
組織染色用に標識を沢山付けたい場合にはあんまり向いていません。

抗体の低分子標識 1.アミノ基を使う方法

それでは抗体に標識する方法を説明していきます。
低分子量の蛍光物質や、ビオチンなんかをよく付けます。
イムノアッセイでは検出できるものをくっつける時に「標識する」と言いますので、ビオチンを付けてそれを固相抗体に利用する場合には、「標識する」と言いません。
まあ、そんな固い事言わなくてもいいじゃない、と思いますけど。

まずは一番ポピュラーな、抗体のアミノ基に標識する方法。

タンパク質のアミノ酸配列には普通、リジンがいくつも入っています。
それらが親水性が高くてタンパク質表面にアミノ基が出た形になっていますので、タンパク質の表面にはアミノ基がたくさんある訳です。

で、僕らは普通、蛍光色素やビオチンを直接アミノ基に付けたりはしていません。
NHS基の付いた蛍光色素や、
NHS基の付いたビオチンを買ってきて、抗体と混ぜているのです。
NHSとは「N-Hydroxysuccinimide」の略で、アミンと置き換わってアミド結合を作る官能基です。
NHS基が付いた「標識試薬」がたくさん売られています。

手順としてはだいたい以下の通りです。
① 抗体を定量して、モル数を計算する。
F(ab')2なら吸光度を測定し、1.48で割ってmg/mL濃度を計算して、分子量100,000で割って体積を掛けます。
② 標識試薬を溶かす
だいたい有機溶媒に溶かします。どんな溶媒に溶けるかは事前に確認しておきましょう。
③ 抗体に標識試薬を添加
抗体のモル数の10倍くらいになるように計算して標識試薬を入れ、良く混合します。
④ 脱塩
抗体に結合しなかった、余分な標識試薬を脱塩カラム(PD-10など)を使って除去します。

標識1

これで完成。抗体は加工するときにはmg単位で扱いますが、イムノアッセイや組織染色ではμgやngの単位で扱いますので、数千倍に希釈して使うのが普通です。

アミノ基に標識する方法は、一長一短があります。
長所は、簡便で、抗体だけでなくどんなタンパク質にも適用できるところ。
短所は、アミノ基にランダムに結合する所。アミノ基はタンパク質にいくつもあり、どこに付くかは確率の問題です。
抗原認識部位(CDR)のアミノ基が標識されてしまって抗体の特異性に影響する可能性があります。

このような性質のため、特異性が大事なイムノアッセイに使うよりは、量が大事な組織染色やウエスタンブロットのような用途でよく用いられる標識方法です。
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