診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

技術者のための医療経済学のすすめ その1

臨床検査というのは、もちろん医療に携わるものです。
私たちが作っている診断薬は、間接的ですが医療に携わっています。

ところが世間では、
「お医者さんってお金持ちなんでしょう。だって良い車に乗ってるじゃない。お医者さん相手の商売なんだから、儲かるんでしょ?」
なんて思ってる人、結構いるんです。
私なんか家族からも言われていますよ。

まあ、家族に言われる分には、まだいいんですよ。
「そういう所もあるけれど、現実は結構シビアなんだよ」とか言って誤魔化しています。

面倒なのがバイオ企業と家電メーカー。
いい歳したお偉いさんが「臨床検査事業への参入を目指す」とか言いだして、話を聞いてみると、「大きな市場がある」「成長が見込まれる」とか。
きっと富士経済をコピペした3C分析のパワポ作った奴がいて、まんまと騙されたんですよ。

まず、お医者さんってだけでお金持ちとは限らない。
「公立病院 赤字」で検索してみれば、わかると思います。
お金持ちのお医者さんもいるけど、そういう方は休む暇もないぐらい働いているんですよ。

次に、臨床検査は単価が決まっている。これは医療行為全般に言える事。
例えばイムノアッセイで有名な炎症マーカー、CRPの診療報酬は16点。つまりCRPの検査をしても、お医者さんにとっては160円の収入にしかならないのです。
コンビニでバイトした方が、よほど儲かります。

それからお金持ちって言うのは、所得が多い人の事。
収入から経費を引いたのが所得ですね。
良い車を買うのは所得から、臨床検査の費用は経費から出すので別物です。

そのための検査試薬を、いくらで売りますか。
その試薬を作る材料は、いくらで仕入れてきて、どれくらいの工数で作りますか。
そこまで考えて設計に落とし込むのが私たち技術者の仕事なのです。

これから何回かに分けて、医療とお金の仕組みについて書いていきたいと思います。
誰もが憧れる、楽して儲かるような甘い話は、ここにはないんですよ。

保存安定性試験

必ずやらなくてはいけないのが、保存安定性試験です。
診断薬には有効期間(使用期限)を付けなくてはいけないので、その期間(製造後12ヶ月とか、18ヶ月とか)を保証するために、実際に保存した試薬で品質管理項目を満足する事をデータで証明する事になっています。

品質管理項目というのは、感度・正確性・同時再現性になりますので、大体次のような表を書いて申請する事になります。

保存安定性

昔はアレニウスプロットを使って加速試験をしていましたが、これは化学反応に適用されるもの。
タンパク質である抗体や酵素の評価に適用する妥当性が証明できないので、最近ではあまり実施しなくなりました。

ですので、試験としては試薬をたくさん仕込んでおいて、定期的に測定する、というだけです。
だいたいは12ヶ月ぐらいのデータで申請しておいて、その後データが取れ次第、18ヶ月とか24ヶ月に有効期間を延長する一部変更申請をすることが多いです。

とはいえ実際の開発では、12ヶ月も待つなんて流暢なことはやっていられません。
大抵は試薬の開発と並行、または次の試薬を開発しながら、という事になります。
試薬の組成を改良するたびに新しく保存安定性試験を仕込み直していると、きりがありません。ですので申請上の「反応系に関与する成分」以外の変更では、旧組成のままデータ取りを継続するのが普通かと思います。

その他にも色々、気苦労が絶えない試験でもあります。
・試薬の置き場所がわからなくなる(誰だよ勝手に動かしたやつ)
・装置が壊れる
・測定日にたまたま出張が入って、そのまま忘れる

ちなみに抗体はとても丈夫で、防腐剤さえ入っていれば1年や2年平気で保ちます。
試薬の安定性が悪い場合、それは酵素や基質の劣化、コンタミ(精製不十分)が原因の事が多いです。

干渉物質の影響度試験

学会や論文などで、試薬の評価として良く実施されている
「干渉物質の影響度試験」
この試験では何を調べているのでしょうか?

文字通り、干渉物質を入れてデータが変化しないか見てるんでしょ?
と思われるかもしれませんが、ちょっと原点に帰って考えてみましょう。

溶血は赤、ビリルビンは黄色。色がついていますね。
乳びは白。光の散乱のために白く見えているのですね。

干渉物質の影響度試験、元々は生化学自動分析機用の試験だったのです。
検体と試薬を混ぜて、酵素反応で発色させて吸光度を調べる。
その時に色のついたサンプルでは、吸光度測定に支障がある訳です。
またラテックス凝集法で濁度を調べる場合には、乳びが散乱光測定の邪魔をしてしまう訳です。
これらの物質が測定値にどれだけ影響するかを調べるために、干渉物質の影響度試験ができたのです。

ではイムノアッセイ法ではどうでしょうか。
そもそもB/F分離で洗浄しているので、原理的に検体の色は関係ないはず。
仮に色がついていたとしても、現在主流の化学発光法なら色は関係ないはず。

なのに、この試験は現在でも行われているのですよ。
ちょっとおかしいのではないかと思っています。
正直、イムノアッセイ法では、干渉物質の影響度試験を実施しても、あまり意味がないと私は考えています。

経験談になりますが、私が開発した試薬の評価をする時に、とある高名な先生が干渉チェックAプラスを買ってきて、こう仰いました。
「これがあるとねー、スライドが1枚作れるんだよー。」
大変申し訳ありませんが、あなたの事は尊敬していません。

とある学会でこんな事がありました。
「インスリン測定試薬において、干渉チェックを用いて試験したところ、影響は認められませんでした。」
という発表に対して、
「赤血球膜にはインスリン分解酵素があるので、実際の溶血検体を使わないと正しく評価できないのではないですか?」
と、たしなめられた座長の先生、あなたの仰るとおりだと思います。
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バイオ系実験あるある等を気まぐれにつぶやいています。
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