診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

タイターチェックの熟練手技

「さあ、今日は抗体のタイターを調べます!」
マイクロプレートで希釈系列を作って、試薬を混ぜて静置。どこまで陽性か判定する。
一昔前、凝集法を使っていた頃には必須の実験でした。

タイター(titer)
抗体の力価。特にイムノアッセイに用いたときの抗血清や腹水の限界希釈倍率で表すことが多い。
最近めっきり聞かなくなった免疫用語です。
affinityより、avidityの方なのです。avidityで[検索]

タイターチェックの実験、いっぱい練習させられました。

【希釈系列の作り方。】
まずマイクロプレート1列目に抗血清50μL、2列目以降に検体希釈液25μLを分注します。

Titer1

1列目の抗血清(1:1)からピペットで25μLを吸引し、2列目に移して吸引排出で撹拌します(1:2)。

Titer2


そのままチップも替えずに、25μLを吸引し、3列目に移して吸引排出(1:4)、以後12列目まで(1:2048)繰り返します。

Titer3


この操作を8連のマルチチャンネルピペットで、一気にプレート1枚分、希釈系列を作ってしまうのです。
当時のピペットは精度がイマイチで、8連中1チャンネルだけ液量が多くなったりしたものです。
分解してグリスアップしたりして、いつしかピペットメンテナンスの技術も覚えてしまうものでした。

今では電動のマルチチャンネルピペットがありますが、これらの作業ができるような設定があったりします。
Mixingとかあるのは、きっとこの頃のピペッティング作業の名残なのでしょう。



【試薬の分注】
一滴25μLのドロッパー(スポイト)を使って、1ウェルに1滴ずつ、ぽたぽたぽたぽた…と入れていきます。

Titer4


熟練の検査技師さんの手に掛かれば、すごく速く正確にドロップできます。
あとはプレートミキサーで均一に撹拌し、1~2時間静置です。

【さらに巧の技】
私たちの時代にはマルチチャンネルピペットがありましたが、さらに前の時代にはドロッパーと、以前お話ししたダイリューターを駆使して検査していたそうです。

1. 検体希釈液を25μLのドロッパーで、8行11列分滴下。
2. 一番左の列に検体8例を50μL分注。
3. 25μLのダイリューター8本を検体の列に入れ、手のひらですりあわせるように、ごろごろと撹拌。
4. ダイリューターを(検体25μL分ごと)8本まとめて一つ右の列に移して、ごろごろと撹拌。
5. これを右端の列まで繰り返して希釈系列作製。
6. 試薬をドロッパーで全ウェルに滴下。

こんなエキスパートの世界があったのです。
でも当時はデジカメもなかったし、動画撮影なんか到底できませんでしたので、記録が残っていません。
もし今でもドロッパーとダイリューターで検査できる方がいらっしゃいましたら、ぜひ動画を撮って下さい。
それでYouTubeにでも上げて、熟練の検査技術を後世に伝えてもらえると嬉しいです。

それは感作と言うのか? 古き良き免疫用語

前回、逆受身凝集法の事を書いていて思い出したのですが、抗体を赤血球やラテックス粒子に結合させることを免疫用語で「感作する(sensitize)」と言います。
これも近年使うことが少なくなってきた免疫用語ですが、ネットで検索すれば出てくるレベルですので、死語になる心配はないかと思っています。



「感作」
元々の意味としては、抗原に対してアレルギー反応を起こしうる状態にすること。
アナフィキラシーショックを起こさせるために、予め抗原を注射しておくことを指す言葉だったのです。
逆受身凝集法では、抗原に対して凝集反応を起こしうる状態にする、即ち赤血球やラテックス粒子に抗体を結合させることを「感作」と呼んでいます。
名詞で「感作」、動詞で「感作する」となるので、辞書登録するときには名詞サ変です。

ところで、受身凝集法の試薬を作るときには、赤血球やラテックス粒子に抗原を結合させるのですが、これは「感作」と言うのでしょうか?

この件については、ちょっと思い出があります。
ミーティングで凝集法の話になって、当時の先輩が「抗体感作系では…、抗原感作系では…」と話していた人がいたのです。
まあ、逆受身凝集法と受身凝集法の話だな、と意味はわかったのでミーティングでは流しました。

それでミーティングが終わった後の雑談で、「抗原を結合させるのも感作って言うんですか?」と聞いてみたところ、技術者仲間ではラテックス粒子に抗原や抗体を結合させることを「感作」と言うものだと思っていたらしく、
「何か変なとこある?」
と逆に聞き返されてしまいました。

「いえ、感作って元々アレルギーの用語ですよ。免疫するのと同じです。
抗原を注射して、抗体を作らせて免疫反応させるのが感作でしょう?
だから抗原を測るために抗体を着けるのを感作と言うのが正しくて、抗原を着けるのは感作って言わないんじゃないですか?」

「うーん、どうなんだろうね。」

この時のディスカッションは結局時間切れで、その後モヤモヤしたままになっています。
今となってはどちらが正しいのか、わからなくなってしまいました。

今にして思えば、当時の私も大人げなかったのかもしれません。
でも、もし間違えていたら、他所とのディスカッションで大恥をかく可能性もあったかもしれません。
言葉の定義というのは、大事なのかもしれませんね。

逆受身凝集法とは? 古き良き免疫用語

先日、生化学自動分析装置用の試薬の話になりまして、
「原理としては逆受身だから、抗原が過剰になるとプロゾーンが起こるんですよ」
とか話していたところ、後で若い技術者からこう言われました。
「プロゾーンは聞いたことあるんですが、『ぎゃくうけみ?』は聞いたことがなかったです。」

『逆受身』が死語になっている!
やばいぞ。教育が追いついていない。
そうだ、ブログ書こう。

簡単に言えば、担体粒子に抗体を結合させて、抗原によって凝集させる測定系を「逆受身」凝集法というのです。

逆受身凝集法

まず赤血球凝集法(Hemagglutination; HA法)というのがあります。血液型の検査なんかですね。
赤血球表面にA抗原(実は糖鎖)があると、抗A抗体を含んだ試薬で凝集するのです。
A抗原があってB抗原がない人はA型、のように判定していくのです。

これを応用して、元々は赤血球上にない抗原を、人工的に結合する方法が開発されたらしいです。
こうすると、抗原に対する抗体が検出できます。
例えば、B型肝炎の表面抗原(私たちはHBs抗原と呼んでいます)を結合させると、血清中に抗HBs抗体がある場合には凝集するので、抗HBs抗体の検査に利用できるのです。
この方法を、受身凝集法(Passive Hemagglutination; PHA法)と呼んでいました。

受身免疫という言葉自体は、免疫学の用語で元々あったそうです。


さらにこれを応用して、赤血球に抗体を結合する方法が開発されました。
こうすると、先ほどの例でいえばHBs抗原の検査試薬ができるのです。
受身凝集法と比べると、抗原と抗体の関係が逆になっているので、逆受身凝集法(Reverse Passive Hemagglutination; RPHA法)と呼ばれているのです。


担体は赤血球から、ラテックス粒子などの人工物に変わりました。
そのたびに新しい測定法の名前ができたり(RPLA法とか)して、かえって混乱したのも思い出です。
今でもCLIAとかFPIAとか、学者さんって名称にこだわりますよね。

受身と逆受身については、こんなストーリーで説明してみました。
正直、合っているかどうかは自信がないところです。
こういったことを教えてくれた先輩方は、続々と定年退職されていっています。
昭和の時代にはブログもSNSもなかったから、論文になっていない言葉は消えていく運命なのでしょう。

また、思い出したものはこのブログで残していきたいと思っています。
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