診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

技術者のための医療経済学のすすめ その2

まずは医療にかかわるお金の仕組みから説明したいと思います。

一般的な市場経済の仕組みでは、モノの値段は基本、自由です。
需要と供給の関係で、相場がだいたい幾らかは決まりますが、商品をいくらで売るかはお店の自由ですし、それを買うか買わないかは私たち消費者の自由です。
一般的な会社員であれば、財源は働いて得た給与所得ということになります。
私たちは、自分の持っている財産の中から幾らか支払うことで、自分の選んだ商品を手に入れることができる、という仕組みになっています。
「うちはお菓子をXX円で売りますよ。食べるとおいしいですよ。」

医療の場合は、仕組みが大きく異なるのです。
この辺は日本医師会のサイトで上手くまとめてくれているので、ぜひ読んでみてください。

まず、医療行為の値段というのは自由ではなく、一つ一つ細かく決められています。
検査以外にも、診察、処置、投薬など全ての医療行為について、保険点数が決められています。
診療報酬は日本の場合、1点につき10円と決まっています。
私たちがお医者さんに掛かると、様々な医療行為がなされます。その全ての保険点数を足して、10倍した金額が医療機関の収入になります。
実際に私たち患者が支払うのは、会社員なら3割です。残りの7割は医療機関から健康保険組合に請求されることになっています。そのために保険証が必要なのです。
医療機関から「診療明細書」、薬局から「調剤明細書」というのを受け取ったことがある方も多いでしょう。あれは「あなたに対してこれだけの医療行為を行いました。医療費の計算は正しく行われました。」ということを示す証明書なのです。今度じっくり見てみましょう

だいぶ端折って書きましたが、医療行為の対価は診療報酬といって、1件いくらと決して高くない金額で決められているのです。
医療機関は、多くの医療行為を効率良くこなしていかなければいけないし、さらに診療報酬から必要経費を捻出しないといけないのです。
財源は国民医療費ということになります。

以前、こんなことを書きましたね。
診断薬の開発というのは、健康保険を財源とする検査の世界で患者さんとお客様と診断薬メーカーがWin-winの関係を築けるようにするのが重要」だと。
お金に関していえば、診断薬の売り方は、普通の商品と違うのです。
「保険点数がXX点で、うちの診断薬をYY円で買って検査すれば、差し引きXX*10-YY円の利益になりますよ。」

値段が決まっていること、売り方の違い、財源の違い、
これらを踏まえて技術者が何を考えるのか?
まだまだ続きます。

技術者のための医療経済学のすすめ その1

臨床検査というのは、もちろん医療に携わるものです。
私たちが作っている診断薬は、間接的ですが医療に携わっています。

ところが世間では、
「お医者さんってお金持ちなんでしょう。だって良い車に乗ってるじゃない。お医者さん相手の商売なんだから、儲かるんでしょ?」
なんて思ってる人、結構いるんです。
私なんか家族からも言われていますよ。

まあ、家族に言われる分には、まだいいんですよ。
「そういう所もあるけれど、現実は結構シビアなんだよ」とか言って誤魔化しています。

面倒なのがバイオ企業と家電メーカー。
いい歳したお偉いさんが「臨床検査事業への参入を目指す」とか言いだして、話を聞いてみると、「大きな市場がある」「成長が見込まれる」とか。
きっと富士経済をコピペした3C分析のパワポ作った奴がいて、まんまと騙されたんですよ。

まず、お医者さんってだけでお金持ちとは限らない。
「公立病院 赤字」で検索してみれば、わかると思います。
お金持ちのお医者さんもいるけど、そういう方は休む暇もないぐらい働いているんですよ。

次に、臨床検査は単価が決まっている。これは医療行為全般に言える事。
例えばイムノアッセイで有名な炎症マーカー、CRPの診療報酬は16点。つまりCRPの検査をしても、お医者さんにとっては160円の収入にしかならないのです。
コンビニでバイトした方が、よほど儲かります。

それからお金持ちって言うのは、所得が多い人の事。
収入から経費を引いたのが所得ですね。
良い車を買うのは所得から、臨床検査の費用は経費から出すので別物です。

そのための検査試薬を、いくらで売りますか。
その試薬を作る材料は、いくらで仕入れてきて、どれくらいの工数で作りますか。
そこまで考えて設計に落とし込むのが私たち技術者の仕事なのです。

これから何回かに分けて、医療とお金の仕組みについて書いていきたいと思います。
誰もが憧れる、楽して儲かるような甘い話は、ここにはないんですよ。

保存安定性試験

必ずやらなくてはいけないのが、保存安定性試験です。
診断薬には有効期間(使用期限)を付けなくてはいけないので、その期間(製造後12ヶ月とか、18ヶ月とか)を保証するために、実際に保存した試薬で品質管理項目を満足する事をデータで証明する事になっています。

品質管理項目というのは、感度・正確性・同時再現性になりますので、大体次のような表を書いて申請する事になります。

保存安定性

昔はアレニウスプロットを使って加速試験をしていましたが、これは化学反応に適用されるもの。
タンパク質である抗体や酵素の評価に適用する妥当性が証明できないので、最近ではあまり実施しなくなりました。

ですので、試験としては試薬をたくさん仕込んでおいて、定期的に測定する、というだけです。
だいたいは12ヶ月ぐらいのデータで申請しておいて、その後データが取れ次第、18ヶ月とか24ヶ月に有効期間を延長する一部変更申請をすることが多いです。

とはいえ実際の開発では、12ヶ月も待つなんて流暢なことはやっていられません。
大抵は試薬の開発と並行、または次の試薬を開発しながら、という事になります。
試薬の組成を改良するたびに新しく保存安定性試験を仕込み直していると、きりがありません。ですので申請上の「反応系に関与する成分」以外の変更では、旧組成のままデータ取りを継続するのが普通かと思います。

その他にも色々、気苦労が絶えない試験でもあります。
・試薬の置き場所がわからなくなる(誰だよ勝手に動かしたやつ)
・装置が壊れる
・測定日にたまたま出張が入って、そのまま忘れる

ちなみに抗体はとても丈夫で、防腐剤さえ入っていれば1年や2年平気で保ちます。
試薬の安定性が悪い場合、それは酵素や基質の劣化、コンタミ(精製不十分)が原因の事が多いです。

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