診断薬開発雑記

臨床検査試薬を開発するバイオ技術のブログ。誰かの役に立つかもしれない事を思い付くままに書いています。

抗体の低分子標識 2.SH基を使う方法

続いてSH基を使う標識方法を説明します。
抗体のヒンジ部位にはS-S結合がありますので、これを還元してSHにします。チオール基とかスルフヒドリル基という言い方もありますが、僕らはそのままSH基と呼ぶ事が多いです。
このSH基には、マレイミド基を持つ標識試薬がくっつきます。

では手順です。

① 抗体を還元
F(ab')2に還元剤を添加します。
昔はメルカプトエタノールを使っていましたが、毒物に指定されてしまってからはあんまり使っていませんね。
メルカプトエチルアミンを0.1Mになるようにバッファーで溶解し、finalで10mMぐらいになるように添加して、37℃で90分インキュベートします。
これもクローン毎に至適化するのが普通ですが、最初は大体こんなものです。

② 還元剤を除去
インキュベートした溶液を、PD-10のような脱塩カラムに掛けて還元剤を除去します。
この時使うバッファーがポイントです。
・pHは中性
 マレイミド基はアルカリに弱いらしいです。
・1mM EDTAを入れておく
 二価金属塩がコンタミすると、酸化反応を触媒するのでFab'がF(ab')2に戻ってしまう恐れがあります。これを防ぎます。
・脱気しておく
 溶存酸素を抜いておきます。酸化ぜったいダメ。

こんな訳で
1mM EDTA,20mMリン酸緩衝液(pH7.0)を脱気したものを用意し、これを使ってPD-10を平衡化して、脱塩するのです。

③ 抗体を定量
280nmの吸光度を測りましょう。
1.48で割ってmg/mLの濃度を計算し、分子量46,000で割ってモル濃度に換算し、体積を掛けてモル数を出します。

④ 標識試薬を溶解
標識試薬をチューブの中に数mg計量し、DMSO等の有機溶媒の必要量を計算して、10mM程度になるように溶解します。

※③④の手順は手早く。空気で酸化されるのを防ぎます。まあ数時間ぐらいは大丈夫ですが。さらにSH基を定量するように書いてある文献もありますが、あんまり意味がないので省略する事が多いです。

⑤ 標識試薬をFab'に投入
Fab'に、モル比1:10になるように標識試薬を添加します。
この状態で25℃、オーバーナイトで反応させます。

⑥ 未反応の標識試薬を除去
濃縮とかしてPD-10とかで脱塩します。ここまでくれば慌てる必要はありません。

標識2

これで完成。
長所は、抗体ならほぼ確実に標識でき、しかも抗体活性を損なわないところ。
短所は、Fab'1分子あたり1~2個ぐらいしか標識が付かない事。

特異性が大事なELISA用に、抗体にビオチンを付ける場合なんかに良く使う方法です。
組織染色用に標識を沢山付けたい場合にはあんまり向いていません。

抗体の低分子標識 1.アミノ基を使う方法

それでは抗体に標識する方法を説明していきます。
低分子量の蛍光物質や、ビオチンなんかをよく付けます。
イムノアッセイでは検出できるものをくっつける時に「標識する」と言いますので、ビオチンを付けてそれを固相抗体に利用する場合には、「標識する」と言いません。
まあ、そんな固い事言わなくてもいいじゃない、と思いますけど。

まずは一番ポピュラーな、抗体のアミノ基に標識する方法。

タンパク質のアミノ酸配列には普通、リジンがいくつも入っています。
それらが親水性が高くてタンパク質表面にアミノ基が出た形になっていますので、タンパク質の表面にはアミノ基がたくさんある訳です。

で、僕らは普通、蛍光色素やビオチンを直接アミノ基に付けたりはしていません。
NHS基の付いた蛍光色素や、
NHS基の付いたビオチンを買ってきて、抗体と混ぜているのです。
NHSとは「N-Hydroxysuccinimide」の略で、アミンと置き換わってアミド結合を作る官能基です。
NHS基が付いた「標識試薬」がたくさん売られています。

手順としてはだいたい以下の通りです。
① 抗体を定量して、モル数を計算する。
F(ab')2なら吸光度を測定し、1.48で割ってmg/mL濃度を計算して、分子量100,000で割って体積を掛けます。
② 標識試薬を溶かす
だいたい有機溶媒に溶かします。どんな溶媒に溶けるかは事前に確認しておきましょう。
③ 抗体に標識試薬を添加
抗体のモル数の10倍くらいになるように計算して標識試薬を入れ、良く混合します。
④ 脱塩
抗体に結合しなかった、余分な標識試薬を脱塩カラム(PD-10など)を使って除去します。

標識1

これで完成。抗体は加工するときにはmg単位で扱いますが、イムノアッセイや組織染色ではμgやngの単位で扱いますので、数千倍に希釈して使うのが普通です。

アミノ基に標識する方法は、一長一短があります。
長所は、簡便で、抗体だけでなくどんなタンパク質にも適用できるところ。
短所は、アミノ基にランダムに結合する所。アミノ基はタンパク質にいくつもあり、どこに付くかは確率の問題です。
抗原認識部位(CDR)のアミノ基が標識されてしまって抗体の特異性に影響する可能性があります。

このような性質のため、特異性が大事なイムノアッセイに使うよりは、量が大事な組織染色やウエスタンブロットのような用途でよく用いられる標識方法です。

抗体のペプシン消化 2.解説編

それでは次に解説編です。
抗体をペプシンで消化する、という実験でつまづいている人も多いはず。

そもそもなぜペプシンで消化するの?
診断薬では多くの場合、Fc部位は邪魔だからです。補体活性も使いません。
  • 血清中にリウマチ因子を含む患者さんは沢山います。リウマチ因子の多くは抗体のFc部位に対する抗体です。
    この部位を除く事で、特異性の高い(リウマチ因子の影響を受けない)試薬ができます。
  • Fc部位は疎水性が強く、凝集の原因になります。Fcを除去したF(ab')2は安定である事が多く、安定的に利用できます。
  • パパインで消化する事もできますが、フラグメントはFabになります。S-S結合を還元してSH基を利用する加工方法に持って行けなくなります。
どんなクローンでもペプシン消化できますか?
ペプシン消化は、元々は抗血清からポリクローナル抗体を高純度に精製する技術なのです。
そもそもの目的が違うのです。(参考文献
抗体がF(ab')2より小さな断片にならないのに対し、コンタミはペプシンで低分子量に切られてしまうため、精製度の低い抗血清からF(ab')2だけを、ゲルろ過カラムだけで効率よく精製できたのです。

  • 消化条件を事前に検討する必要があります。できないクローンもあります。電気泳動などで小スケールで検討できますよ。
  • 一般的にIgG1は過消化がおきにくい、IgG2aは切れすぎないように時間を至適化がある、IgG2bは過消化しすぎてF(ab')2は得られないと言われています。
    これらは大体が合っていますが、例外も経験しています。
    だから事前に小スケールで条件検討しておくのが大事です。
この辺の技術は1970年代には既に知られていたようです。
モノクローナル抗体技術が一般的になるだいぶ前。(参考文献

ペプシン消化が上手くいかないのですが…
こういう問い合わせを最近良く受けるようになりました。
  • 大体が切れすぎを恐れ、高めのpHで消化してみて、上手く切れないからと消化時間をだらだら伸ばしている事が多いです。
    至適pHを外せば、どんなクローンも切れません。
  • ちなみに「どういう条件で消化したの?」と聞くと、「某社のキットを使いました」という返答が多いです。
    あれダメなやつ。手抜きは禁物です。
いずれにせよウェット技術者の腕の見せ所なのですよ。
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